『夏の終わりと日本酒』

2024.08.31

 八月が終わると、一気に周囲の空気が変わる。

 まだまだ残暑の厳しい日は続くし、降り注ぐ日射しは思わず目を細めてしまうようなものではあるものの、それでも漂う空気には夏の終わりのようなものが確かに感じられるようになる。

 どこかさみしげではあるけれど、同時に季節の移り変わりを少しだけ匂わせる、境目の時期。

 そんな中、私は自室のベランダで一人、カップを傾けていた。

 飲んでいるのは『SASA・SUNDAY』

 太陽の出ている昼間からでも、明日が仕事の日曜日でも飲めるライトで気持ちの良いというコンセプトのお酒であり、そのワンカップボトルだ。

 ワンカップということもあって量的にも飲みやすいし、ラベルに描かれているイラストがかわいらしい。

 味は甘酸っぱくてどこか柑橘類を思わせるけれど、一方でちゃんとお米の味も感じられて、こんな陽気の日にはぴったりのお酒だ。

 心地よい酸味が、スルスルと喉を通っていく。

ここのところ、お花見や夏祭りなどのイベントに参加することが多かったため、こういった一人の時間は実はひさしぶりだった。

何も考えずに、ただ自分の好きなことだけをしてゆったりと過ごす時間。

 もちろん気心の知れただれかといっしょに飲むのも好きだけれど、こうして一人太陽の下で眼下の景色に目を遣りながらカップを傾けるのも、なかなか悪くない。というかかなり好きだ。

 しばし雑踏をBGMにそんな時間にゆっくりと浸る。

 今日――九月一日は日曜日だ。

 多くの人たちにとって夏休みの最終日であり、戻ってくる日常への切り替えの日。

 そんな日にこうしてお気に入りの時間を過ごすことができているのは、何となくだけれど……暦がくれたボーナスタイムのようにも感じられる。

 再びカップを傾ける。

 するとそれに合わせたかのように、頬を撫でる風がふわりと辺りを通り過ぎていき、どこかの家の風鈴がリンと滑らかな音を立てるの耳に入ってきた。

 泳がせていた視線の先にある近くの公園では、鬼ごっこをして遊ぶ子どもたちの楽しそうな姿が見える。

 本当に、何でもない時間。

 こんな風に、特別なことをするでもなく、自分と向き合うでもなく、ただただたゆたう空気に身を委ねることを許してくれる時間を、お酒は与えてくれる。

 それはきっと、人生にとってとても大切なことなのだと思う。

 明日からはまた、忙しい毎日が始まる。

 普段の仕事に加えて、新しい仕事の顔合わせなんかもあるし、さらに来月には日本酒の大きなイベントもあることから、こうして何も考えずにのんびりとできる日はどうしても少なくなるだろう。

だから今は、この一人だけの少しばかり贅沢な時間を楽しもう。

麗らかな日曜日の太陽と、一杯のお酒がプレゼントしてくれた、夏の名残を感じさせる素敵なひと時を。

 ――夏ももう、終わる。

さけ×こえフルール第2話『笑顔の花』(五十嵐雄策原作)

【第4話】さけ×こえフルール~花めく新米声優ちゃんは日本酒女神と夢を見る~|カドコミ (コミックウォーカー)

五十嵐雄策プロフィール

小説家・シナリオライター。
東京都生まれ。
2004年KADOKAWA電撃文庫からデビュー。
ゲームシナリオや漫画原作、YouTube漫画脚本やASMR作品脚本なども手がける。趣味はお酒を飲むこと、釣り、旅行、ドライブ、ピアノ演奏等。他、著作に「ひとり飲みの女神様」(一迅社メゾン文庫)、「ひとり旅の神様」(メディアワークス文庫)、「七日間の幽霊、八日目の彼女」(メディアワークス文庫)など。

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