『ひやおろしと、〝縁〟と ②』

2024.09.29

カウンターに浅く腰掛けながら、何気なく窓の外の景色に目を遣る。
 グラスの八分目まで注がれた液体が、目の前の道路を走る車の振動を受けて少しだけ表面を震わせた。


 ――今日は月に一度の、特別な日。


 近所にあるお気に入りのお店で一人ゆっくりと日本酒を飲みながら、何をするでもないとりとめのない時間を過ごす日だ。


 この時期に楽しみにしていて、必ずといっていいほど飲むお酒がある。
 それはひやおろし。


 ひやおろしとは、春に絞った新酒に一度だけ火入れをして、夏の間に熟成をさせてから出荷するお酒のことを言う。 九月から十一月の、この時期限定で出てくる季節もので、新酒のフレッシュさを残しつつも、ひと夏を越えて熟成されたまろやかな風味を併せ持った深い味わいが特徴的だ。


 今飲んでいるのは『赤城山 ひやおろし純米』
紅葉柄のプリントが散らされたラベルが季節を感じさせてくれて、目にも楽しい。


「ふぅ……」


 心地よい香りとジューシーな旨味を楽しみながら、注文したひと口かに爪唐揚げに箸を伸ばす。
 濃厚な味わいの紅ズワイガニの唐揚げは、ひやおろしともとても相性が良く、これも〝縁〟なのだなと思わず一人頬を緩ませてしまう。


 と、そこで、去年も同じようなことを言っていた自分を思い出し、苦笑した。
 あの時に食べていたのは、確かいぶりがっこクリームチーズだったか。
 こうしていると、去年のひやおろしを飲んだのがつい先日のことのように思われる。


 一年が経つのは早い。


 特に最近はそれが顕著に感じられる。
 だけどこの一年の間に、色々なことがあった。
 日本酒を通して、様々な〝縁〟をつないでいくことができたのを思い出す。


 冬の時期には新酒を飲みながらこのお店との出会いに思いを馳せ、春になれば花見酒と共に後輩との時間を楽しみ、夏には夏酒の様々なアレンジに挑戦し、そして夏の名残のお酒とお祭りを経て、また巡り巡ってひやおろしへと戻ってきた。


 その過程で……たくさんの気づきや出会いを得ることができた。
 それは他からは得ることのできない、大切な宝物だ。


 グラスを傾け、ひやおろしで喉を濡らす。
 きっとこれから先もまた、日本酒との出会いからたくさんの〝縁〟がつながれるのだろう。
〝縁〟がつながれ、そこからその数だけ様々な可能性が生まれていくのだと思う。


 その最初の一歩は……
 ふと壁に目を遣ると、そこにあったのは色鮮やかなポスターだった。


 来週末に開催される、日本酒のイベントのものだ。


 数年前から定期的に開催されていて、私はそのほとんどに参加している。今年は三日間の開催になるとのことだから、例年よりもさらに賑やかなものになるに違いない。
 そこではどんな素敵な〝縁〟が待っているのだろう。

世界は〝縁〟でできている。
 一つ一つは小さいかもしれないけれど、だけど確かにそこにあるたくさんのつながりが、毎日を、人生を豊かにしてくれているのだ。
 だから私は、今日も行く。

 ――まだ見ぬ新たな〝縁〟との出会いを期待して。

【第4話】さけ×こえフルール~花めく新米声優ちゃんは日本酒女神と夢を見る~|カドコミ (コミックウォーカー)

五十嵐雄策プロフィール

小説家・シナリオライター。
東京都生まれ。
2004年KADOKAWA電撃文庫からデビュー。
ゲームシナリオや漫画原作、YouTube漫画脚本やASMR作品脚本なども手がける。趣味はお酒を飲むこと、釣り、旅行、ドライブ、ピアノ演奏等。他、著作に「ひとり飲みの女神様」(一迅社メゾン文庫)、「ひとり旅の神様」(メディアワークス文庫)、「七日間の幽霊、八日目の彼女」(メディアワークス文庫)など。

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