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『おりがらみと一年の終わり』
2024.12.05更新
『笑顔と〝縁〟とサケコレ』
目の前には、とても賑やかな光景が広がっていた。
テニスコート二面分ほどの広いイベントホールに、その隅から隅までを埋め尽くすほどのたくさんの人たちが行き交っている。
老若男女、学生や会社員らしき人たちから、海外からの観光客だと思しき人たちまで、様々。
軽く百人以上はいるだろうか。
だけどその全ての人たちに共通しているものがあった。
笑顔。
ホール内にいるだれもかれもが、遠目でもわかるほどの満面の笑みを浮かべている。
まるであちこちで笑顔の花が咲いているかのようだ。
そんな光景を眺めながら、自分も同じように頬を緩ませていることに気づく。
『Tokyo SAKE Collection 2024』
この十月の三連休に秋葉原で行われている日本酒のイベントであり、通称『サケコレ』と呼ばれている。
周囲を見渡すと、四方の壁に沿うようにして多くの酒造さんのブースが並んでいた。各ブースにはそれぞれ何種類かの銘柄が用意されていて、受付時に購入できる〝飲み比べ券〟と交換に試飲ができるというシステムだ。
事前に知った情報によると、100種類以上のお酒、20以上の酒造さんが集結しているらしい。
どれから飲もうかと胸を躍らせながら、最初に向かったのは和歌山県の酒造さんだった。
『黒牛 純米大吟醸 緋扇』
お酒が注がれたプラカップを受け取り、そのまま口に運ぶ。
グレープフルーツのような香りの中に、お米の上品な旨味が確かに感じられて、だけどまったく引っかかることなく喉の奥にすうっと染みこんでくる。
「はぁ」
思わずため息が出てしまうほどおいしい。
黒牛はいつものお店でも何度か飲んだことがあり、大好きなお酒の一つだった。
酒造の方にお礼を言って、余韻を楽しみながらも次のブースへと向かう。
『千代むすび』『天鷹』『かたふね』『美寿々』『颯』『赤城山』等々。ホール内には知っているだけでも本当にたくさんの銘柄があって、どこから行こうか目移りしてしまう。
「ひとまず近くにあるところからにしよう」
あれこれ悩むよりも、それが一番よさそうだ。
そう決めて、私は歩き出した。
その後、各ブースを回って、色々なお酒を飲んだ。
普段飲み慣れているお気に入りの銘柄から、初めて味わう銘柄まで。
そのどれもが、新しい感動をもって迎えてくれた。
またブースを回っている途中で、他の参加者と話をしたりもした。
だれもが気さくに接してくれて、自分好みのお酒やおつまみなどを、本当に楽しそうな笑顔で勧めてきてくれる。
この雰囲気が、私がお酒を好きな理由の一つだ。
お酒を飲む場には、ある種独特の気安さがある。
普段だったら存在する人と人との間にある壁を、あっさりと壊してくれる。
ともすれば連帯感のような、同じ秘密を分かち合う〝なかま〟のような、そんな不思議な感覚。
そしてそれは、〝縁〟が繋いでくれたものに他ならないと思うから。
〝縁〟と笑顔の祭典。
それこそが、この素敵なイベントを一言で言い表していると思う。
まだまだ、イベントの時間は続いていく――
【第4話】さけ×こえフルール~花めく新米声優ちゃんは日本酒女神と夢を見る~|カドコミ (コミックウォーカー)
五十嵐雄策プロフィール▶
小説家・シナリオライター。
東京都生まれ。
2004年KADOKAWA電撃文庫からデビュー。
ゲームシナリオや漫画原作、YouTube漫画脚本やASMR作品脚本なども手がける。趣味はお酒を飲むこと、釣り、旅行、ドライブ、ピアノ演奏等。他、著作に「ひとり飲みの女神様」(一迅社メゾン文庫)、「ひとり旅の神様」(メディアワークス文庫)、「七日間の幽霊、八日目の彼女」(メディアワークス文庫)など。