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『笑顔と〝縁〟とサケコレ』
2024.10.29更新
『おりがらみと一年の終わり』
十二月。
師走という名にふさわしく、知り合いも、仕事先で会う人たちも、街ゆく人たちも、だれもが皆どこか忙しなくしているように見える月。
別れの挨拶に、「良いお年を」という文句がつくことが増えた。そんな一年の終わりの、少しだけ他とは違う空気が漂う時期。
この時期に私が毎年飲んでいるお酒がある。それは〝うすにごり〟や〝おりがらみ〟と呼ばれているもの。
日本酒造りにおいては、一般に〝おり〟と呼ばれる固形物を沈殿させて上澄みを取る〝おり引き〟という工程が行われているのだけれど、その〝おり〟を残したままにしたもののことをそう呼ぶ。
お酒の中に〝おり〟が浮かんでいて、米の旨味やコクがより強く感じられるのが特徴的だ。
今、私が飲んでいるのは、そんな〝おりがらみ〟の一つ。
『左大臣・純米吟醸生原酒・おりがらみ・つ』
部屋でのんびりくつろぎながら、そっとお気に入りの江戸切子のグラスを傾ける。
グラスの中を舞う真っ白な〝おり〟は、よく降り注ぐ雪にたとえられることもあるし、そこから派生してちょっとしたスノードームのようにも見えることもある。
背景を透かして見るその淡く濁ったグラスの光景は、どこか神秘的とも言え、いつまでも眺めていたくなってしまう。
とはいえ本当にずっと見ているわけにもいかないので、ちょっとした名残惜しさを覚えつつも、グラスを口に運ぶ。
華やかでありながら和やかな旨味がまずやってきて、さらにそこに〝おり〟のほのかな甘さが加わる。
この〝おり〟の風味が、私は好きだった。
「ふぅ……」
グラスを手に窓際まで歩み寄りながら、ひと息吐く。この〝おりがらみ〟を飲んでいると、今年も終わりだなという気分になる。
〝おりがらみ〟は冬に出荷されることが多いことから、そう感じられるのかもしれない。
思えばこの一年も色々なことがあった。
春は花見酒、夏は夏酒、秋はひやおろし。
冬は新酒に燗酒、そしてこの〝おりがらみ〟。
特別なお酒や……特別なイベントとの出会い。
それら一つ一つが、様々な思い出や体験と結びついて、私の中に大切に蓄積されている。
掲げたグラスを見る。
グラスの中を舞う〝おり〟。
私にはともすればそれが、今年一年の様々な〝縁〟が降り積もって、大きなつながりをかたちづくっているようにも見えるのだ。
グラスの中の――小さな〝縁〟。
何て、そんなことをつい考えてしまうのは、私がただ飲兵衛だからかもしれない。
苦笑しながら、グラスを再度口に運ぶ。
ともかく、私が言いたいことは、一つだけだ。
「――来年も、たくさんの美味しいお酒と、たくさんの良い出会いがありますように」
それだけあれば、たぶん、他に何もいらない。
そのささやかな願いを肯定してくれるかのように、窓の外では白く淡い雪が舞い始めていたのだった。
さけ×こえフルール第6話(千代むすび登場回)
【G’sチャンネル掲載URL】
https://gs-ch.com/articles/contents/ar92hDKWKNjyPQ2mvfasohjP
五十嵐雄策プロフィール▶小説家・シナリオライター。東京都生まれ。
2004年KADOKAWA電撃文庫からデビュー。
ゲームシナリオや漫画原作、YouTube漫画脚本やASMR作品脚本なども手がける。趣味はお酒を飲むこと、釣り、旅行、ドライブ、ピアノ演奏等。他、著作に「ひとり飲みの女神様」(一迅社メゾン文庫)、「ひとり旅の神様」(メディアワークス文庫)、「七日間の幽霊、八日目の彼女」(メディアワークス文庫)など。