『日本酒と酒器』

2025.05.05

 五月のある日。
 仕事を終えて帰宅し、いつものように晩酌の準備をしながら、私はちょっとした趣向を考えていた。

 テーブルにあるのは冷蔵庫で冷やしておいた『四季桜 大吟醸万葉聖』。
 ここまでは普段と同じだ。


 違うのは……酒器。

 少しだけ汗をかいた四合瓶の横に、いくつかの違った種類の酒器が、テーブルの上に並んでいた。

江戸切子のぐい呑みが一つと、透明なグラスが三つ。
その中の、まずは側面に桜の文様が散らされた江戸切子のぐい呑みを手に取って、お酒を注ぐ。

 お酒が入ることにより、光が反射して、より桜の花の鮮やかさが際立ったように見えた。波打つお酒に桜の花が揺れる様は、まるで万華鏡のようだ。

 少しだけうっとりとその様子を眺めながら、ぐい呑みを口へと運ぶ。
華やかな吟醸香と、その後にやってくる甘味と旨味と心地よい酸。薄めにカットされた飲み口からは、お酒の味がより軽やかに感じられるような気がした。

 次に手に取ったのは、透明なグラスの内の一つ。
 少しだけ傾けながらお酒を注ぐと、それまで透明だったグラスの側面に、ふいに花火の絵が現れた。

 冷えたお酒の温度に反応して、グラスに絵が浮かび上がるという仕組みになっているのだ。

 これにはお酒の温度がある程度わかるという利点もあるけれど、何よりも見ていて楽しい。

 時期の早い花火にほっこりとしながらグラスを傾けると、先ほどのぐい呑みよりも少し厚めの飲み口からは、お酒の甘味と旨味がより強く感じられるような気がした。

 同じシリーズで、今度は冷酒を注ぐと紅葉の絵が浮かび上がるグラスを手に取る。
 さらに季節を先取りした秋の景色を楽しみつつ、お酒をゆっくりと喉に流しこむ。
 そして最後は……これだ。


 一見透明の普通のグラスに見えるが、側面に「四季桜」と書かれたグラス。
 飲んでいるお酒と同じ酒造さんのもので、いつも通っているお店でいただいたものだ。


 ぐい呑みほど薄めでなく、さっきまでのグラスほど厚めでもない、中間の飲み口。
 これまでのどの酒器とも、また違う味わいに感じられた。


「ふぅ……」


 一通り酒器を試した後、グラスをテーブルに戻して、ひと息吐く。
 こうして色々な酒器でお酒を飲み比べるのは、時々やるお楽しみの一つだ。
 様々な文様から季節を感じたり、酒器の形をゆっくり眺めたり、さらには縁の厚さによって微妙に味が変わるのを楽しめたりもする。


 それに、単純に色々な酒器を揃えるのは、楽しい。
 こういった酒器は、お店で売っているのをたまたま見かけるとか、後輩からプレゼントされるとか、お酒のイベントで配布されているものをいただくとか、入手方法は色々あるのだけれど、それもある意味で一期一会な出会いであって、〝縁〟であると私は考えている。


 次はどんな酒器をお迎えしようか。
 江戸切子のグラスも気になるし、他の文様のものも揃えてみたい。陶磁器や錫のお猪口を加えてみるのもいいかもしれない。


 そんなことを笑顔で考えながら、今日も杯が進んでいくのだった。

さけ×こえフルール第6話(五十嵐雄策原作)
【G’sチャンネル掲載URL】
https://gs-ch.com/articles/contents/ar92hDKWKNjyPQ2mvfasohjP

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五十嵐雄策プロフィール

小説家・シナリオライター。東京都生まれ。
2004年KADOKAWA電撃文庫からデビュー。
ゲームシナリオや漫画原作、YouTube漫画脚本やASMR作品脚本なども手がける。趣味はお酒を飲むこと、釣り、旅行、ドライブ、ピアノ演奏等。他、著作に「ひとり飲みの女神様」(一迅社メゾン文庫)、「ひとり旅の神様」(メディアワークス文庫)、「七日間の幽霊、八日目の彼女」(メディアワークス文庫)など。

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