-

-
『日本酒と秋の先取り』
2025.08.26更新
『〝なかま〟と〝縁〟とサケコレ』
――十月最初の週末。
私は胸を躍らせながら、とある場所へとやって来ていた。
『Tokyo SAKE Collection 2025』

通称『サケコレ』と呼ばれている日本酒のイベントで、ここ数年は毎年十月に秋葉原で開催されている。今年は四日・五日の二日間が開催日となっていた。
受付を済ませ、リストバンドと案内パンフレット、和らぎ水用のプラスチックカップなどを受け取り、会場内へと足を踏み入れる。
人で賑わうテニスコート二面分ほどの広さの会場内には、たくさんの酒造さんのブースが並んでいた。各ブースにはそれぞれ何種類かの銘柄が用意されていて、受付時に購入できる〝飲み比べ券〟と交換に試飲ができるというシステムだ。
それだけではなく会場内にはたくさんのキッチンカーもやって来ていて、様々なおつまみを楽しみながらお酒を飲むこともできる。
お酒好きにとっては、まさに楽園ともいえる場所だった。
はやる心を抑えながら、案内パンフレットに目を落とす。

何となく、一杯目に飲むお酒は決まっていた。
マップで場所を確認して、向かった先にあったのは去年も最初に向かったブース。
「すみません」
ブースにいた酒造の方に声をかけて、飲み比べ券と引き換えにお酒を受け取る。
『純米大吟醸 環山 黒牛』
和歌山県の日本酒で、私のお気に入りの酒造さんの一つだ。
八分目まで注がれたプラカップを傾ける。グレープフルーツのようなフルーティーな香りと味が喉を通り抜け、じんわりと身体の奥に染みこんでいった。
「はぁ……」
ホッと心が解けていくのを感じる。
何ともいえない多幸感が全身をやわらかく包む。
フワフワとした心地で周囲を見回してみると、同じように満ち足りた表情をしている人たちの顔がたくさん目に入ってきた。
どの人たちも一様に幸せそうな表情で、そこにある種の連帯感というか、通じ合う空気のようなものが感じられた。

〝なかま〟という言葉がある。
これにはよく使われているいわゆる〝友達〟の意味の他に、和歌山ではもう一つの意味がある。
それは何かを皆で〝共有〟するという意味。
楽しい時間や空気を、分かち合うことそのものという意味だ。



この場の雰囲気は、休日の昼間からお酒を飲んでいるというちょっとした背徳感も相まって、まさにその〝なかま〟という言葉にぴったりといえるものだった。
心の中で周囲に「いいね!」を送りながら、案内パンフレットに再度目を遣る。
まだまだ面白そうなお酒はたくさんあった。
焼酎で有名な北海道の酒造さんが醸した日本酒は気になるし、音楽で加振された日本酒、ブレンドに特化した日本酒なんかも楽しそうだ。
他にも興味を引かれるものばかり。
もう少ししたら後輩たちもやって来て合流予定なので、皆で色々なお酒やおつまみをシェアしてみるのもいいかもしれない。
それもまた……〝縁〟といえるものだ。
「さ、次は何を飲もうかしら」
たくさんの〝なかま〟たちの姿に力をもらいつつ、次なるブースへと足を向けるのだった。
さけ×こえフルール第6話(五十嵐雄策原作)
【G’sチャンネル掲載URL】
https://gs-ch.com/articles/contents/ar92hDKWKNjyPQ2mvfasohjP
「さけ×こえフルール」単行本1巻,発売中!

五十嵐雄策プロフィール▶
小説家・シナリオライター。東京都生まれ。
2004年KADOKAWA電撃文庫からデビュー。
ゲームシナリオや漫画原作、YouTube漫画脚本やASMR作品脚本なども手がける。趣味はお酒を飲むこと、釣り、旅行、ドライブ、ピアノ演奏等。他、著作に「ひとり飲みの女神様」(一迅社メゾン文庫)、「ひとり旅の神様」(メディアワークス文庫)、「七日間の幽霊、八日目の彼女」(メディアワークス文庫)など。











