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日本酒と春の出会い
2026.03.26更新
家飲みと自家熟成と〝縁〟と
乾杯!
そんな賑やかな声とともに、グラスが打ち鳴らされる音がいくつも響き渡った。
手にしたグラスを傾けながら辺りを見回すと、いつもは見慣れた我が家のリビングが、今日は少しだけその様相を変えて目の前にあった。
ローテーブルの上に並べられたたくさんの料理と、色とりどりの酒器。
それらを囲むかのように……様々なラベルの四合瓶・一升瓶がズラリと立ち並んでいる。
これらはもともと家の冷蔵庫にあったものに加え、今日、持ちこまれたものだ。
家飲み。
少し前に計画したそれが、満を持して開催されているのだった。
集まってくれたのは、以前にいっしょにお花見をした後輩や、仕事先の知り合いたちだ。
総勢七人ほど。予想よりもたくさんの人たちが集まってくれたのが少し驚きだった。
「青葉先輩、これ、すごくおいしいですね」
「そう? ならよかった。この前買った九尾の新作なの」
「あ、よかったらこっちも飲んでみてください」
そんなやり取りをしながら、今度は後輩が持ってきてくれた『四季桜 春』を口にする。ちなみにこれは銘の中に自分の名前が二文字入っているということで、後輩お気に入りの一本とのことらしかった。
こんな風にそれぞれの推しのお酒や、はたまたこういう大人数が集まる場でないと開けにくい少しお高めなお酒などが持ち込まれるのも家飲みの醍醐味で、それだけでも楽しい。
そんな中……少しだけ変わり種があった。
テーブルの中央に置かれた、ラベルが少しだけ古くなった四合瓶。それ自体は普通のお酒なのだけれど、実は我が家の冷蔵庫で三年以上眠っていたのを今日初めて開封したものだ。
いわゆる自家熟成、と呼ばれるものになる。
冷蔵保存ではあるため品質に問題はないと思われるものの、どのように変化しているか不明であるため、ある意味こういう家飲みでないと飲むことができない代物だ。
時を経て少しだけ色みがかったそのお酒を、ゆっくりと喉に流しこんだ。
「はぁ……」
思わずため息が出た。
もともと純米吟醸酒であったそれは、香りや風味などの元のお酒の良さは残しつつ、さらに一口飲むだけで非熟成のものとの違いがわかるくらいに、味に深みとまろやかさが加わっていた。
「時間の経過でこんなに味が変わるなんて……何だかわたしたちみたいですね」
と、隣で同じようにグラスを傾けていた後輩がそう口にした。
「だって知り合ったばっかりの頃は、青葉先輩のこと、お恐れ多くてとても気軽にお話しなんてできないと思ってましたけど……それが今はこんなに大好きですもん」
少し照れたように笑う後輩。
お酒が入っているとはいえ、うれしいことを言ってくれる。
彼女の言う通り、関係性もまた、時間の積み重ねによって、時にまろやかに、時に少し予想外の方向に、熟成をしていくものなのかもしれない。
それもまた……きっと〝縁〟のなせるわざだ。
「ありがとう。私もあなたのことが大好きよ」
やさしくなった味わいを喉の奥に感じながら、彼女に向かって微笑み返すのだった。
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五十嵐雄策プロフィール▶
小説家・シナリオライター。東京都生まれ。
2004年KADOKAWA電撃文庫からデビュー。
ゲームシナリオや漫画原作、YouTube漫画脚本やASMR作品脚本なども手がける。趣味はお酒を飲むこと、釣り、旅行、ドライブ、ピアノ演奏等。他、著作に「ひとり飲みの女神様」(一迅社メゾン文庫)、「ひとり旅の神様」(メディアワークス文庫)、「七日間の幽霊、八日目の彼女」(メディアワークス文庫)など。











