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『初めの一杯』
2026.06.11更新
第34話『立ち飲みと縁』
――仕事が思ったよりも早く終わった。
スマホを見ると、今の時刻は午後二時。
予定していた終了時間よりも二時間近く早く終わったことになる。
本来だったら思わぬ僥倖を喜びつつ、このまま帰宅すればいいはずだ。
だけど……
「暑い……」
七月のうだるような灼熱の日射しが、帰り道を歩く私に向けて容赦なく降り注いでいた。
一歩進むだけで滝のように汗が噴き出てくる。とてもこのまま家に帰る気にはなれない。
どこか軽く一杯飲みつつ、ひと休みしていきたいところだった。
だけど生憎の平日の昼間。開いているお店は限られている。
と、そこで思い至る。
今いる場所からほど近いとあるお店。
あそこならこの時間でもやっているはずだ。
向かった先は隣駅だった。
駅前通りにある鮮魚店の直営で、昼間から営業している、いわゆる立ち飲み屋というスタイルのお店だ。
まずはカウンターへ向かい、ズラリと並べられている料理と、お酒を選ぶ。そうしたらその分の料金を精算。普通のお店とは違い、ここでは注文をする度に代金を支払うシステムになっているのだ。席の案内なども基本的にはセルフとなっていることから、初めて訪れる人は少し戸惑うかもしれない。
私が選んだのは刺身二点盛りとツブ貝の煮物、そして『金升』だった。

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お盆に乗った料理とお酒を手に、近くにあったテーブルを確保し、まずは日本酒を一口。
「はぁ……」
暑さで疲労した身体に、冷酒が文字通り染みこんでいくかのようだった。
続いて料理だ。
マグロとサーモンのお刺身のパックを開けたところで、テーブルに醤油差しがないことに気づく。辺りを見回すと隣のテーブルに置かれていたので、立っていたお客さんに軽く会釈をして借り受けることにする。
「そのお刺身、マグロが天然ものなのでおいしいですよね」
と、その際に話しかけられた。
こういう場でのちょっとしたやり取りはうれしい。文字通り、これを〝縁〟と言わないで何と言おうか。
「そうなんですよね。ここに来たら必ず食べることにしてるんです」
笑顔で言葉を返し、会話を交わす。
その後もちょっとした世間話なども交えつつ、楽しい時間を過ごした。
そして日本酒を飲み干したところで、隣のお客さんに挨拶をして、店を出る。こういったお店は長居をせずに一杯か二杯でお暇するのが私の流儀だ。
外に出ると、辺りはまだ明るかった。
ずいぶんと日が伸びたものだと思いつつ、これならもう一軒行ってもいいかもしれないという少しだけ邪な考えが頭に浮かぶ。
汗の引いた身体と、昼間よりも少しだけ涼しい風を感じながら、二軒目へと足を向けるのだった。
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五十嵐雄策プロフィール▶
小説家・シナリオライター。東京都生まれ。
2004年KADOKAWA電撃文庫からデビュー。
ゲームシナリオや漫画原作、YouTube漫画脚本やASMR作品脚本なども手がける。趣味はお酒を飲むこと、釣り、旅行、ドライブ、ピアノ演奏等。他、著作に「ひとり飲みの女神様」(一迅社メゾン文庫)、「ひとり旅の神様」(メディアワークス文庫)、「七日間の幽霊、八日目の彼女」(メディアワークス文庫)など。











