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第34話『立ち飲みと縁』
2026.08.25更新
第35話『日本酒風呂の効能』
季節の変わり目というのは体調を崩しやすい。
気候の変化や、それに伴う寒暖差などもあり、心身のバランスが乱れやすくなるからだ。
その日、仕事を終えて帰宅すると、ふと背筋にゾクリとしたもの感じた。
あ、これは油断をすると風邪を引くな……という予兆のようなもの。
ちょっとした身体の怠さや喉の違和感、ふとした瞬間に感じる僅かな寒気などから、私は昔からそれを察することができるのだった。
そういう時には、決まってやっていることがあった。
それは何かというと……
「うん、この純米酒がいいかな」
日本酒風呂。
文字通り、日本酒のお風呂のことだ。
以前に、酒造が作っている日本酒が成分として含まれている入浴剤を使ったことがあったが、あれとはまた違うもので、日本酒を直接湯船に注ぐというものだ。
血行促進、保湿、リラックス効果などもあるということで、万人に勧められるものではないが、風邪の引き始めの予防策の一つとして、私は以前から重宝していた。
ただ注意点はいくつかあって、まずはあまり日本酒を入れすぎないこと。量としてはいわゆる一般的な浴槽で、180ミリリットル~360ミリリットルくらいが適量とのことだ。
あまり長湯をするのもよくない。血流が良くなりのぼせやすいことから、10分前後の入浴が望ましいとされている。
また最後のこれは少し耳が痛くもあるのだけれど……いくら〝日本酒〟風呂だからといって、浸かりながら飲酒をしてはいけないということだ。
飲みたくなる気持ちはよくわかる。日本酒の香りに触発されて、どうせなら一杯やりたくなってしまうのは呑兵衛の性というものだ。わかるのだけれど……血圧や心臓に良くない影響を与える危険性があることから、絶対に避けるべきとのことだった。
それらの注意点を守りつつ、我が家の浴槽に日本酒を注ぎこむ。
「はぁ……」
日本酒の香りをまとったお湯がじんわりと全身に染みこんでくるかのようだった。
瞬く間に手足がポカポカになっていって、疲れが浄化されていくのを感じる。いつもよりもお湯に少しだけとろみを感じるのは気のせいだろうか。
普段の入浴とは違う贅沢な時間を、心ゆくまで楽しむ。
10分ほどのんびりと浸かった後、私は湯船を出た。
そして風呂から上がってからは……もうひとつの楽しみが待っている。
バスタオルで全身の水気を拭き取ると、私はキッチンへ向かい、冷蔵庫で冷やしておいた四合瓶を取り出した。
『稲田姫 爽サマー生原酒』
湯船であれだけ我慢した冷えた日本酒で、乾いた喉を潤す。
グレープフルーツやパイナップルを思わせる果物のようなさわやかな風味が口の中に広がっていき、グラスまで冷やしていたことも相まって、汗がすーっと引いていくのを感じられた。アルコール度数は16度と少しだけ高めだが、まだ暑さの残るこの時期にぴったりだ。おいしい。
そして気が付けば、風邪の予兆はどこかに吹き飛んでいた。
これで後は温かくして一晩ゆっくり眠れば、きっと明日の朝にはいつもの調子を取り戻しているだろう。
飲んで良し、浸かって良しな日本酒の懐の深さに改めて感謝しつつ、私は再び冷えたグラスを傾けたのだった。
「さけ×こえフルール」単行本1巻,発売中!

『さけ×こえフルール ~花めく新米声優ちゃんは日本酒女神と夢を見る~』の電子版コミック第2巻は2月27日(金)より刊行されました。
五十嵐雄策プロフィール▶
小説家・シナリオライター。東京都生まれ。
2004年KADOKAWA電撃文庫からデビュー。
ゲームシナリオや漫画原作、YouTube漫画脚本やASMR作品脚本なども手がける。趣味はお酒を飲むこと、釣り、旅行、ドライブ、ピアノ演奏等。他、著作に「ひとり飲みの女神様」(一迅社メゾン文庫)、「ひとり旅の神様」(メディアワークス文庫)、「七日間の幽霊、八日目の彼女」(メディアワークス文庫)など。











