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【蔵元訪問記】蔵元訪問記/金升酒造(新潟県)
2024.12.10更新
【蔵元訪問記】美寿々酒造
かつて、蔵人たちが休んでいたであろう広敷。今も、10時と15時の造りの休憩時間に利用するという場所で、蔵元インタビューは3時間以上続いた。
掘りごたつがぽかぽかと温かく、蔵元の奥様の漬けた奈良漬け、蔵元の漬けた野沢菜、そして羊羹とお茶に、ほかりとする。
熊谷直二蔵元からは、世情に左右されてきた酒蔵の歴史が語られると共に、最近話題の酒については、いかなる酒についても把握されていて、深い引き出しが少しずつ開けられた。
明治26年に造り酒屋として独立
●熊谷蔵元は何代目になるのですか?
熊谷 熊谷本家は酒蔵として江戸時代に遡りますが、清水醸造店として明治26年に独立してからは、私で酒屋は4代目です。
戦争による国の政策で昭和18年に酒造りは一旦中止。その代わりもらったぶどうしゅ免許で、私が産まれた昭和30年くらいまで果実酒を造っていました。
昭和22年に、辞めたメーカー20社以上が松本醸造という会社を立ち上げたのですが、昭和30年からは美寿々酒造として杜氏さんを呼んで独自に酒造りを再開しました。
復活したメーカーは歴史が浅くてブランド力がないから売れず、未納税で他のメーカーの酒を造りました。桶売りですね。うちもそうで、未納税入れると1000石造っていたときもありました。
●蔵元が蔵に入られてからどのような変遷があったのでしょうか?
熊谷 農大を卒業してすぐ蔵へ戻りましたが、戻ってから状況が様変わりしていきました。昭和53年焼酎ブーム、次にワインブーム、パック酒が出始め、1.8L1000円のパック酒が瞬く間に酒屋に並びました。
田舎の地酒は売れなくなる。これはまずいと、首都圏で開催されるイベントにも参加するようになりました。
平成4年には1級、2級という級別が廃止されて、特定名称酒に代わりました。美寿々酒造が大吟醸などを造るようになったのはそれからです。
蔵元杜氏のはしりとして
●長野県の酒蔵の経営者の会「若葉会」が主催する利き酒会で、6回も優勝されてます。全国新酒鑑評会でも金賞を何回も取られてますね。
熊谷 利き酒は我流ですが、国税庁の利き酒会にはよく顔を出してました。杜氏になって22年ですが、全国新酒鑑評会の金賞は9回ぐらいです。
●蔵元さんが杜氏になるというケースは、当時あまりなかったのではないですか?
熊谷 蔵元杜氏のはしりかもしれません。長野県には小谷、諏訪、飯山杜氏とありましたが、うちには小谷杜氏が来ていました。杜氏が高齢で辞めて未納税の酒は断り、造りを小さくしました。
●社長業と杜氏の二足の草鞋にはご苦労があると思いますが。
熊谷 杜氏が辞める2年前に、少人数でも効率よく造りができるような設備に変えていたのはよかったです。当初は杜氏のやり方を踏襲していたのですが、3年目に1週間でタンク1本仕込むようにしたら、だいぶ楽になりました。
月曜日「洗米」、火曜日「蒸し」、水曜日「初添」、木曜日「踊り」で休み、金曜日「仲添」というように。
ただ書類が間に合わなくて、税務署から睨まれ、始末書なんかも書かされました。酒造年度の7月から翌年6月までの販売量、米の使用量、醸造アルコール使用量などを報告したり、販売した酒の酒税を計算して申告しました。
●まさに、働き方改革をされたんですね。
最近、酸が目立つ酒がありますが、「美寿々」に感じる酸は柔らかいです。
熊谷 「美寿々」の酸は、軽快な感じです。精米歩合50%まで磨くというのは、磨かれた米のピークが50%ということで、均一に50%で揃っているわけではありません。
美寿々純米吟醸は精米歩合49%として、限りなく50%にしたいと思いました。うちは米を磨いて酒質を高めてきました。普通酒を含めて精米歩合は平均58%です。精米歩合を落とした酒が出てきていますが、「美寿々」の精米歩合は保持していきます。
優しく、控えめが持ち味
●酒造りで難しいところは?
熊谷 いつ搾るか、いつ温度を下げるか、維持するか、いつ上げるか、それが大事ですね。勘に頼らないようにマニュアルができればいいのですが、全部が数字に当てはまっていくわけじゃないので、そこが難しい。
●ワインのビンテージもののような感じはどうですか?
熊谷 ワインほど日本酒は米の出来に左右されません。日本酒は、良い麹を造ることで良い酒ができます。「1麹、2酛、3造り」と言いますが、ベテラン杜氏さんほど大切にしていることです。
●「美寿々」はどんな方にどう勧めていきたいですか?
熊谷 100人中10人に気に入ってもらえばいい。「美寿々」は日本酒度+3~5にあり、さっぱりしていいと評価いただいたので、こういうスタイルになっていきました。
ある程度は華やかで、すっきりし、食べながら、飲みながらの酒なので、食事に拘りを持つ方が美寿々のお酒を選んでくれてます。
奥に酸味が隠れています。極端にがつんとくるより優しく控えめに感じるかもしれません。でもそれが持ち味です。
製造石数は約200石。純米吟醸6割、普通酒2割弱、他2割に特別純米酒、純米辛口、大吟醸、本醸造等があります。兄と息子、そこに妹と妻も加わって作業します。
毎年繰り返しやって続くということが大事、この流れの中で純米大吟醸は造りたいな、と考えています。飲んで旨いねと喜んでもらえる酒を造り続けたいです。
恐れ多くも、熊谷蔵元に駅まで車でお送りいただく。中山道の宿場として栄えた道すがら、ワインの醸造所が何件もあった。洗馬の地名は、木曽義仲挙兵の際に今井兼平が馬の足を洗ったとされる街道沿いの「太田の清水」から命名。馬がたちまち元気を回復したと伝えられている
熊谷蔵元の車を見送ると、雪がちらちらと舞い始めた。駅前の「知春」という店に入る。「美寿々」の燗酒が熱すぎないちょうどいい燗具合で、徳利に入って出てきた。ゆるゆると喉を通りこして、身体も温まってくる。
一人、二人とお客さんが入ってきて、後ろではご近所の人たちらしい団体の宴会が始まった。「美寿々」は普通酒。長年この塩尻で多くの人の胃に収まった酒なのだろう。
まるで初めての客人をもてなすように、「美寿々」が優しい。特出しているものはなく、バランスよく丸くおさまっていく。地酒ってこういうものだ、と身に染みる。
【美寿々酒造】
〒399-6462長野県塩尻市大字洗馬芦ノ田2402
TEL:0263-52-0013
HP:信州の地酒 美寿々酒造(株) (appale.ne.jp)