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新企画「日本酒はお好きですか」
2026.01.28更新
全国各地「蔵の味」を求めて旅をする
日本酒をこよなく愛する呑む文筆家が、地元でしか醸せない唯一無二の「蔵の味」 を求めて全国各地の酒蔵へ旅する連載。 第 4 回目は、静岡県静岡市の「萩錦」を造る萩錦酒造へ伺いました。
「萩錦」(haginishiki)
海の近くに酒蔵がある「萩錦」こと萩錦酒造の創業は1876年。初代がこの地に湧く良質な水に惚れ込み酒造業を開始したのだが、今も「萩錦」の敷地内には溢れんばかりの水、それは南アルプス系の安倍川から流れてくる伏流水が豊富に湧いている。
そんな伏流水を仕込みに使った酒は、やわらかく気持ちをホッとさせる優しい味わいが特徴。筆者は数年前に静岡駅周辺の酒場で初めて「萩錦」を飲んだのだが、この酒の飾らない優しさに心を掴まれ、いつか酒蔵を訪ねたいと望んでいた願いが今回、実現した。

こんこんと激しく湧いてくる井戸水が豊富な酒蔵
静岡駅から車で約10分。萩錦酒造に到着してまず驚いたのは、蔵の入り口近くでジャバジャバと音を立てて流れている井戸水の太い水流だった。井戸水が絶え間なく流れている酒蔵はいくつも知っているが、こんなに激しく水が放流されっぱなしになっているところは日本酒歴23年で初である。

筆者が思わず目を丸くしていると、「もったいないとよく言われるのですが(笑)ありがたいことにずっとこの状態。うちで自噴している仕込み用の井戸水です。どうぞ飲んでみてください」と、5代目蔵元の萩原知令さんは控えめに笑いながら、この激しい水流にコップを近づけ、水しぶきと共に水を汲んだ。
さっそく飲んでみるとクリアでやわらかい。蔵元の隣に佇む妻であり杜氏の綾乃さんは「自噴しているのは、県内でも私たちのところを含めて2社だけ。このやわらかい軟水は、萩錦で使う静岡酵母に適しています」とうれしそうに教えてくれる。
先代の急死により突然スタートした酒蔵の仕事
萩錦酒造では現在、蔵の一人娘として育った杜氏の綾乃さんと、婿入りした蔵元(代表取締役社長)の知令さん夫婦を中心に、4人体制で約150石の酒造りを行う。この体制を築いた出発点は2018年。4代目である蔵元の父が突然死し、萩原さん夫婦が早急に蔵を継いだのがきっかけだ。

「生前の父には蔵を継いでほしいと言われていなかったので、私は好きな美術の大学を卒業し、以降は神奈川で美術大学の仕事をしていました。ただその仕事は、美術祭などの町おこしで地方へ行くことも多く、地域ごとの歴史や食文化を知っていくうちに、酒蔵といういわば地域の歴史に関わる家業の仕事に興味を持ちはじめまして。
単純にお酒が造ってみたいと思うようになりました。当時は建築関係の仕事していた、一級建築士の夫(5代目)と知り合ったのもその頃です。二人とも酒造業には興味があったので、結婚後はいずれ後を引き継ぐつもりでいましたし、2016年くらいからは父に酒蔵の仕事を少しずつ教えてもらい、いつか家業を担うための準備をじっくり進めているところだったんです」

ところが前述したように4代目の父が突然亡くなった。酒蔵の仕事を全て継承する前の状態しかも、酒造りは全くの素人である。そんな混沌とした急展開により、婿入りした知令さんは代表に就任し、綾乃さんは杜氏になるなど萩原夫婦は慌ただしく蔵を継ぐことに。2019BYから自分たちでおこなう酒造りがはじまった。


「わからないことがわからなかった」と綾乃さんは当時を振り返るが、引退した前杜氏の小田島健次さんが蔵に残って酒造りのいろはを教えてくれたこともあり、かろうじて酒を無事に造るという難局は乗り切ったという。
「小田島杜氏だけではなく、蔵を心配した県内の蔵元さんたちが「何かあったらいつでも相談して」と色々とサポートしてくれて本当にありがたかったです」(綾乃さん)
生活に生きる飲み飽きない定番酒と遊び心のある酒と
萩原夫婦が「萩錦」を受け継ぎ、現在に至るまで約7年が経過。手探りのがむしゃらな酒造りを経て、今は造りたい蔵の味も着実に定まってきた。

「先代が培ってきた仕込み水の特性が出るやわらかい味わいをベースに、生活の中で生きる飲み飽きしない酒、それはいろんな食事に合うドライな酒を造りたい。まず自分たち夫婦がそういう酒を飲むのが好きなんですよ(笑)」と知令さんは笑う。
そして、蔵元につられて笑顔になった綾乃さんはさらに補足する。
「それだけではなく、毎年タンク一本だけは定番酒では表現できない、例えばきれいな酸味の酒や美大時代の友人が書いたラベルシリーズなど、遊び心を生かした酒も造っていきたいですね」
とはいえ、これからも定番酒を大事にしていきたいと綾乃さんは言う。

「萩錦」の定番酒や生酛は燗酒にすると深みが増し思わずホッ
「萩錦は長い間、地元の人たちに愛されてきたので、さらに美味しくなるようブラッシュアップはしていきますが、先代まで築いてきた酒質を全て変えてしまうようなことはしたくないです。県外でも売れてほしいとは思いますが、まずは地元で長く売れるようになりたい。萩錦をずっと飲み続けたいと言ってくれる人たちを地道に増やしていきたいです」
「萩錦」萩錦酒造 (静岡県静岡市駿河区西脇381)
<筆者プロフィール>
山内聖子 呑む文筆家・唎酒師
1980年生まれ、岩手県盛岡市出身。22歳で飲んだひと口の日本酒がきっかけでライターの道へ。駆け出しの頃は浜松町時代の名酒センターでバイトしたことも。
現在は酒にまつわることについて各媒体で執筆中。著書に『蔵を継ぐ』(双葉文庫)、『いつも、日本酒のことばかり。』『夜ふけの酒評 愛と独断の日本酒厳選50』『日本酒呑んで旅ゆけば』(共にイーストプレス)、『酒どころを旅する』(イカロス出版)、『BARレモン・ハート意外に知らない酒の基本知識』(双葉社)など。














































