【蔵元訪問記】石本酒造

2023.06.10

新潟市の大江山地区にある石本酒造。「越乃寒梅」の酒蔵だ。周囲を竹穂垣が囲む凛とした佇まいは、そのまま酒の味を想起させる

紅葉が染まり始める霜月あたり、歴代の越後杜氏は蔵人を率い、この竹穂垣の庭を通り抜けて蔵入りしていた。庭一面にしんしんと降り積もる雪の季節を迎える頃には、酒造りは佳境。「梅」が花開くと同時に、酒蔵からは馥郁たる香りが漂う。やがて華やかな桜が花を付け、そして散り始める花びらが、蔵人の帰り支度を促した。

そんな季節の巡りを記憶しながら、いつ何時も整然と静寂を保つ空間。ここで名酒「越乃寒梅」の酒蔵・石本酒造は、多くの客人を迎え入れ、送り出してきた。

4代目蔵元・石本龍則氏からお話を伺う機会をいただいた。

造り仕舞いを迎える4月頃は、毎年「くね結」という垣根を結い直す作業が行われる。日焼けした竹が若々しい青竹に様変わりするのだ。

自然とレールに乗って

●石本社長は、随分若いときに代表取締役社長になられましたね。

36歳のとき、もう20年前です。父が、自分のいる間に代表権もって引き継いだ方がいい、何かあったら相談できるしと。

●若くして代表を務められるプレッシャーはなかったのですか?

プレッシャーはあまりないです。大変だねと言われますが、運命なんだと思ってました。自然とレールに乗ってた。

●他の仕事に憧れたりしたことは?

小学校のときはスタントマンか自衛隊。中学のときはレーサーとミュージシャン。

●蔵元は音楽をされてるんですよね。

ヘビメタは高校から本格的に。ドラムをやってます。

●「越乃寒梅」には静を感じますが。

対立する面白さですよ。静寂と激しさの波長のいったりきたりが、いろんなところであります。対立するものがひとりの人間の中で、やがて調整がとれて、深みが増していくんだと思います。

蔵としての味の共有

●蔵元への英才教育はありましたか?

特別には何もありません。小さい頃から蔵の中に入って、杜氏さんによく付いて回ってました。おやつ持って来いとか言われた記憶があります。水が冷たいから蔵の中でスイカを冷やしたり。今はできませんけどね。

●食事は蔵人さんだけでなく、庭師さんにも用意されると聞きましたが。

昔、蔵人は11月から3月まで泊まり込みで、春に帰すのに痩せて帰らせてはいけない。十分食べさせなさいって、祖母や母たちが三度三度用意していたそうです。

私たちが食べるのと同じものを昼食に食堂で出します。酒造りの人がメインですが、誰が食べてもいいことにしてます。味、味覚の共有で、石本がどんな味を好むのかを知ってもらいたい。今日はどんな味だったかを話して、味覚の共有にもなる。

米の旨さを伝える

●蔵元としてのポリシーは?

結局、ポリシーより、買ってくれるお客様、従業員の笑顔だと思う。社長業を担って、理想と現実のギャップがあるところを理解していきました。人気があるのはよかったのですが、転売され、品質管理が行き届いてない店で販売され、無駄に高かったり、大事にされすぎて古くなってしまったり。

飲んでもらえる人たちの笑顔が少なくなっている、営業が必要だと考えました。今までは営業したこともなかったけど、たまたま縁があった人にお願いすることができました。お客様のことを考えずに何かしても意味がない。

「越乃寒梅」がその方にとって本当に価値のあるものになれば、従業員もお客様も笑顔に、地域も笑顔になる。その笑顔がまた石本酒造がいいものを造っていける原動力になる・・・そういった好循環を作りたい。

造りを終えた酒蔵内
常に清掃を欠かさない麹室
サーマルタンクが並ぶ酒母室内

●味については?

親父は米の旨さを伝えたかった。淡麗辛口ではなく、淡麗旨口なんだ!と言ってました。

自分の好きなものを決めてそれを一生懸命やればいい。ただ、それがひとりよがりになってはいけない。自分がいいものを深堀りし、100人にひとりいいと言ってくれる人がいればいい、と祖父や親父は言っていた。石本酒造の基本はここにあります。

私は、香りはほどほど。料理を引き立たせるお酒がいいと思っています。カレーにも甘いものにも合うのは香りがフルーツ様でないから。生クリームにもチョコレートにも、お刺身の風味も生きる。料理を支えるお酒です。

非日常を体験できる場所

●「灑(さい)」には石本社長の想いが込められていると。

45年ぶりの新商品でした。今までの殻を破りたかった。飲む前から「寒梅はね」と言う人がいて、淡麗辛口だろと軽く言われたり。濃醇、フルーティーな酒の人気あり、私たちのやってることは古いんだよと。そう言われるのは悲しいけど、もう少しそういう人たにも入りやすい酒を造ろうと。かどかどしくなくて少し丸く、どぎつい香りじゃなく優しい香りの酒を目指しました。

純米吟醸「灑(さい)」
売れ筋商品。発売当初は爆発的な人気を博した

蔵人には、幅をもって新しいことに挑戦してもらいたかった。蔵人にとっては今まで変わらずやってきたことのプラスですからね。抵抗や刺激はあっただろうけど、さすがきちんとやってきました。

若い30代の人たちに向けて、ジャケットも工夫しました。さらに他のお酒も一新し、昔のラベルはまだ残ってますけど。上のクラスの酒はラベルを全部替えました。

純米吟醸「浹(amane)」
「広く行き渡る」の意味。穏やかで、すっと飲めるような優しさや柔らかさがある。
越乃寒梅の世界を拡げる一杯

●今後の展望をお聞かせください。

いかに手にとってもらえるようにしていくかを考えていきます。

また地域や産地と一緒にある企業なので、地域社会全体で喜び合える会社にしていきたい。

亀田駅から15分ほどのところに土地を確保しました。非日常を体験できる場所。地域の食材、サービスを含めて新潟人の誇りになるようなことをしていく構想があります。国内外のお客様に利用していただけるような石本酒造の施設ができればいいなと考えています。

竹内杜氏と名酒センターの今専務
現在杜氏の竹内が入社した頃から社員制にシフトし、今はほとんど社員で、造りは総勢35人。今専務は竹内杜氏の元で酒造りを学んだ

石本酒造株式会社
〒950-0116新潟県新潟市江南区北山847-1
HP:https://koshinokanbai.co.jp/

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