【蔵元訪問記】蔵元訪問記 お福酒造

2024.05.28

1897年(明治30年)9月、岸五郎商店は酒造業を新潟県長岡にて創業。その3年前、創業者である岸五郎氏によって日本酒造りの教本「醸海拾玉(じょうかいしゅうぎょく)酒造のともしび」が発刊された。杜氏の勘に頼っていた酒造りを、化学的見地で解説した教本は当時希少だった。

 五郎氏は、現東工大の前身である東京工業学校の応用科学科で学び、卒業後は酒蔵で醸造技師を経験。傍らで醸造用水の加工や酵母の培養等について、熱心に研究を進めていた。

岸五郎商店は自らの研究のために創業したようなものだと5代目のお福酒造蔵元・岸伸彦氏は、その頃岸五郎氏が使っていた顕微鏡を見せてくれた。岸五郎商店は1949年(昭和24年)にお福酒造株式会社に改組して現在に至っている。速醸酛を発見した蔵としても知られる。 

15代目お福酒造蔵元・岸伸彦氏

みんなに福が来るようにと命名された「お福正宗」

速醸酛の発見者、岸五郎

●明治37(1904)年、政府は大蔵省(現在の財務省)に醸造試験所(現在の独立行政法人酒類総合研究所)を設立、日本酒の品質改良と生産性向上を目指しました。

速醸酛が普及する前の日本酒は品質が安定せず、雑菌による腐造が多かったと聞きます。解決策として、乳酸添加を発見したのが岸五郎さんですね。

「明治30年くらいの時期に、乳酸によって雑菌を排除して酵母が培養できると発見したのが岸五郎で、乳酸の分量や添加の時期、温度についてやその育成法を完成して、一般に普及したのが醸造試験所の江田鎌次郎先生です。

鎌次郎先生は岸五郎の酒蔵に泊まり込みで、五郎と一緒に研究していました。五郎自身は3~4年は研究に没頭していたと聞いています。この顕微鏡で増えていく酵母菌を数えてスケッチしていたのが残っています」

明治27年頃に、ドイツ州(現オーストリア)から輸入した顕微鏡

●当時は、雑菌繁殖を防ぐため、蔵内に住み着く乳酸菌による乳酸生成工程が必要でした。乳酸を人工的に添加することで、雑菌繁殖防止と酒母製造日が短縮されました。

現在の全国の酒蔵のほとんどが速醸酛で醸造しています。速醸酛の発見は今でいう働き方改革ですね。

「昔はこのメカニズムがわからずに、神の仕業とか言われて、腐造が多かった。腐造菌が家付き酵母に取って代わるわけなので、腐造菌が出たら、ほぼその蔵は壊滅状態です。

速醸酛により、全国の生産量はぐんと上がっていったはずです」

『吟醸酒を造った男』

●その他にも酒造技術に貢献されています。

「水を加工しました。新潟の酒の発酵が遅いのは軟水のせいだからと、まずは硬水の宮水にあって長岡の水にないものがリンだと突き留め、リンを入れて発酵を促したのです。今でも酵母の発酵助長剤として使われています。

今でこそ酒処として知られる新潟ですが、実は新潟では日本酒はあまり造られていなかった。そこで新潟でも酒造りができるようにと考えたわけです」

岸五郎商店からお福酒造になって、お酒を売るようになったときは、どんなお酒を売っていたのですか?

「岸吟醸」という銘柄で売っていました。近所の方に甕酒から通い徳利に入れて販売していました。昔は精米という概念がなかったので、玄米を20%も削れば吟醸だったのではないでしょうか。

吟醸という言葉を使ったのも岸五郎が初めてだったと、醸造試験所の秋山裕二氏の『吟醸酒を造った男』という著書に書かれています」

お福酒造外観

酒は原料米に勝るものなし

●まさに、日本酒の礎を築かれたような方ですね。今のお福酒造さんではどんな酒を目指していますか?

「諸国の米で諸国に根差し、米の特性を活かした酒造りというのが、五郎の信念だったんですが、それを引き継いでいます。日本農業遺産になっている山古志で、酒米を契約栽培しています。

酒は原料米に勝るものなし。よい原料米があってこそよい酒ができると考えています。生産者と苦労を分かち合うために蔵人も山古志へ行って、手で田植えして、カマで稲刈りする。米の味わいを酒に活かして活性炭は最小限に抑えます。

米を活かすように、洗米から吸水具合を見る

うちの酒は、新潟の淡麗辛口のイメージから外れて、芳醇甘口タイプです。これは貫き通していきたい。変わらないひとつのバックボーンです。皆さんに幸福感を感じてもらうためには、甘いほうがいい。長岡には海がなくて盆地で、雪深い。

冬を越すために味が濃い保存食が多い、そこに合わせて酒も芳醇なんです。不易流行と言いますが、不易の部分で芳醇甘口を貫いていきたい。辛口はあるけど、それとて芳醇です」

純米吟醸は55%精米の米違いが3種類。同じ酵母、同じ造りで米の違いが堪能できる
「五百万石」ストレートで柔らか
「越淡麗」ふくらみがあって芳醇
「一本〆」濃厚。味に深みがある

お酒で癒され、飲むほどに福を招く。飲み人へも、酒蔵、蔵人へもみんなに福が来るようにと命名されたお福酒造「お福正宗」。

かつて醸造技術研究で蔵人の労力を減らし、酒蔵へ福をもたらし、今は酒で多くの人に福をもたらすお福酒造。蔵人は平均年齢28歳と若く、福を運ぶエネルギーはバージョンアップされている。

          

お福酒造 新潟県長岡市横枕町606番地 TEL 0258-22-0086



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