【蔵元訪問記】大利根酒造(群馬県)

2022.05.15

関越自動車道沼田ICを降りて国道120号線に入り、沼田市街を背に東に行くと、「地酒 左大臣 醸造元」と掲げられた看板が姿を現す。蔵は通りからほんの少し奥まっており、車で走っていると視認しづらいが通りを挟んだ向かいに間口の広い駐車場がある。こちらに停めて改めて正面を望むと、風格がありつつも誰をも迎えてくれるような友好的な店構えが佇む。ここ大利根酒造は、元文4年(1739年)から280年以上もの間この地で酒を醸し続けている。お話を伺った阿部倫典氏は、途中阿部家に経営が渡ってから4代目で、同蔵で初めてとなる経営と酒造りの両翼を担う蔵元杜氏だ。

阿部倫典蔵元。ちなみに傍らの大きな酒林は毎年手作り。

◆沼田の地

同蔵がある白沢町は、河岸段丘が全国的にも有名な沼田市東部に位置する。

この辺り一帯は戦後まで、周囲の山々、利根川とその支流によって閉ざされた地域だった。

外との物資の行き来は少なく、この地域の中にあるものを上手く利用し生活していた。

米も例に漏れず、その年に収穫した必要な分を差し引いた余剰米を使って酒造りが行われていた。

今年は二樽、今年は収量が少ないから一樽仕込んで終わり、という程度で、林業や養蚕業の傍ら酒造りをしており酒蔵も半ば素人のようなものであったという。

ゆえに、酒造技術については同業間での情報交換が盛んに行われていたのだそう。

明治後期には30軒前後あった酒蔵もいまは4軒にまで減ってしまったが、協力し合う酒造りは残り、4社は技術提携を取っている。

沼田市の河岸段丘(写真:沼田市観光協会)

◆発想とこだわりの酒造り

阿部氏は東京農業大学を経てすぐに大利根酒造に戻り、後に自社での酒造りを始める。

その頃まで酒造責任者であった越後流派の杜氏が退任され、それまでに特に教わることもなく独学で自らの酒を手がけていくこととなる。

当然酒造りの基本は網羅しながら、目指す酒質のために残すべきは何か、他にできることはないか、逆に余計なことはないか。

課題提起と解消を繰り返し「左大臣」は確固たる味わいを築き上げた。

蔵の内部を見渡すと、随所にそのこだわりが伺える。

まず目につくのは年代を感じさせる重厚な和釜。

140年以上現役で活躍しているというこの釜は、希少で高価な砂鉄鋳造。

現在はアルミニウムやステンレス製の釜が一般的だが、石炭や薪ではなく重油バーナーを熱源とする現代では火の当たりが不均一になりがち。

ところが鋳物は釜全体が熱を蓄えるため、均一に湧いてくれる。

原理の詳細は割愛するが、結果として蒸米の水分調整が非常に楽だという。

砂鉄鋳造の和釜。静かなる迫力を感じる。

蒸米を放冷する放冷機がお隣にある。

こちらも歴史を感じさせる旧式のもの。

正確な年代は不明だが、「私よりも先輩」と阿部氏。

もちろんこちらも使い続けるには理由がある。

現在普及している放冷機はコンベアで流れる蒸米に風を当てて放冷するが、こちらは逆に吸気する仕組み。

風を直接当てるよりも力は弱いが無駄な乾燥が少なく、均等に放冷できる。

大量の蒸米には適さないが、小仕込みがメインの大利根酒造では最適な機体なのだ。

旧式の放冷機。昔の機械ならではの重厚感がたまらない。

最も感嘆したのは麹室、ではなく、その横の小部屋。

扉を開けると壁にはポストの投函口を大きくしたような口が麹室側から開いていて、配膳用のばんじゅうが積まれ、換気扇のプロペラがいくつも剥き出しに用意されている。

ここは出麹(完成した米麹を室から出し放冷する工程)のための部屋。

「前室(まえむろ)」という設備を持つ蔵もあるが、これは前室ならぬ後室。

既存の麹室をほとんどいじることなく、2階へ上がる階段があったのを移築し、後から阿部氏が拵えたものだ。

室側より仕上がった麹を「投函口」からザーッと流し、受け手はばんじゅうに受け広げ積んでいく。

プロペラをばんじゅうにセットしスイッチを入れれば、広げた麹付近の空気が高循環し、衛生的かつ効率的に乾燥を行える寸法だ。

高温の麹室から出るとひんやりとして湿度も高い仕込み蔵や原料処理場に直結という酒蔵も珍しくなく、せっかくの米麹が結露してしまう。

通常扇風機などで風を当てて対処するが、阿部氏はそもそも極力結露させない環境を、意外にもシンプルな方法で作り出してしまったのだ。

写真中央、部屋の右壁奥に開く小窓から米麹を受ける。

◆GI利根沼田

先述の「風通しのいい地場同業提携」と「造りへのこだわり」は、ひとつの大きな形になった。

同じ水質や気候環境を持つ利根沼田エリアにおいて、日本酒では全国6例目となる地理的表示「GI利根沼田」を取得。

このエリアに属する4社(大利根酒造、土田酒造、永井本家、永井酒造)で発案、満場一致で話は進み、申請に至った。

豊かな水、良質な米。

この地ならではの風土を最大限に酒に落とし込み、感じてもらうことを徹底して設けられたGI利根沼田認証酒の条件は、一文で表すなら「地のものを使い、それらに余計な手を加えないこと」。

非常に単純明快で、だからこそ厳しい条件ではないか。

阿部氏は「GI利根沼田協議会」の代表を務め、国内外へのアピールに奮迅する。

大利根酒造としてはGI認定酒「左大臣 こしひかり 純米酒」を発売中。

GI認定酒「左大臣 こしひかり 純米酒」は化粧箱もつき贈答にも◎

◆手で造り、手で売る

年間250石ほどを阿部氏含め主に2名で造る。

その一定した左大臣各種の品質から見ても、一滴一滴まで阿部氏の目が行き届いているのだろうとわかる。売り先もこだわる。

量販店やあまり大きな流通には乗せず、自店でのエンドユーザーへの手売り、料飲店からの直接注文、酒販店への卸も地元を中心に、目と手の届く範囲で大切に売る。

イベントも積極的に顔を出し、お客さんとのコミュニケーションを図っている阿部氏。

澄み輝く利根の湧水を思わせる阿部氏の酒と人柄に、惹きつけられるファンは後を絶たない。

蔵の売店には販売品に加え、眺めて面白い代物も多々展示されている。

【大利根酒造有限会社】
〒378-0121 群馬県沼田市白沢町高平1306-2
TEL: 0278-53-2334

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大利根酒造 HP

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