-

-
【四季桜】
2026.07.01更新
【仙禽】
「仙禽」(株)せんきん
栃木県さくら市馬場106
全国各地「蔵の味」を求めて旅をする
日本酒をこよなく愛する呑む文筆家が、地元でしか醸せない唯一無二の「蔵の味」 を求めて全国各地の酒蔵へ旅する連載。 第 9回目は、栃木県のさくら市にある「仙禽」を造る(株)せんきんへ伺いました。

<プロローグ>
酸味が際立つ日本酒とは雑菌が繁殖した劣化の証拠で、失敗作とまで言われていた約20年前。どの蔵よりも早く、柑橘系の酸味を強調した甘酸っぱい日本酒を前面に打ち出したのが、栃木の「仙禽」だ。当時すでに小仕込みの限定酒として、そのような日本酒を造っていた酒蔵はあったが、ここまで振り切った甘酸っぱい日本酒を蔵の味として確立したのは、やはり「仙禽」が最初ではなかろうか。

今や「仙禽」のような日本酒は珍しくもなんともないし、現在、世間で目立っている日本酒はだいたいが甘酸っぱい酒質で構成されている。しかし、良質な酸っぱい酒質がなかった時代に登場した「仙禽」は、日本酒の味わいの固定概念をひっくり返すほどの驚きで、賛否両論を合わせて話題を呼んだ。

そんな日本酒に“酸”という味わいのジャンルをもたらすきっかけとなった「仙禽」だが、昨今はどことなく酒質が変化してきた。「酸」は酒質の中心にあるが、当初の「仙禽」に比べて味わいが穏やかになり、ナチュラルな印象に。そして、2024年11月には日本酒の原点回帰のため“江戸返り”を発表。新しい日本酒を確立した当時とは真逆の方向にシフトした「仙禽」に何があったのだろうか。
ワインの世界から着想を得た酒造りから次のフェーズへ
「今は酒質について語るとき、酸の話ってほとんどしなくなったんだよね」
取材の開口一番、11代目の蔵元・薄井一樹さんは意外な言葉でそう切り出した。現在の「仙禽」を確立した本人である。
彼が手がける「仙禽」をリリースしたのは、20年前の平成18年。今までの日本酒にはない柑橘系の甘酸っぱい酒質を打ち出したのは、冒頭のプロローグで書いた通りだが、それは背水の陣で挑んだ彼の戦略だった。
「先代の借金を何億も抱えていたので、とにかく日本酒界で売れるために目立たなくてはと思いました。つまり飲み手にふりむいてほしい一心で酸味を強調した酒質を考えたんです」


かつてワイン畑にいた経験も功を奏した。
「実家の日本酒によくないイメージを持っていた反動もあったのですが、20代でワインに目覚め、ソムリエの講師をしていた経験が当初の仙禽を確立するヒントになりましたね。例えばワインは酸が重要な味覚のカテゴリーなのに日本酒にはまだそれがない。
のちに取り組んだ天然の微生物を生かす生酛造りや、ドメーヌ(原料の栽培から瓶詰めまでを一貫して行う)を意識した地元での酒米作り、仕込水を唯一無二のテロワール(土壌の個性)のように捉えたりする発想も、少なからずワインの世界から着想を得たものでした」

「麹はすべて山田錦を使う」という麹造りは綿密なデータを記録しながら作業が進められる
そして、今までにない酸の日本酒を確立しただけではなく、元ソムリエという肩書きも注目を集め、瞬く間に人気銘柄の仲間入りを果たしたのは日本酒ファンならばご存知の通り。「自分が蔵に戻ってきた当初の夢が叶っていった20年だった」と蔵元は今までを振り返る。

だが、彼はそこで安住しているわけではない。筆者は長く「仙禽」(蔵元)を取材しているが、もはや近年の彼は以前に比べて“酸”に対する執着にも似た探求から解放され、次の段階へ突入していた。あんなにも酸味系日本酒の先駆者という誇りを持ち、“酸”を表現することへのこだわりがあったというのに。
次の200年に向けた“脱・成長”の哲学
その宣言は少し唐突に思えた。2024年の11月である。「仙禽」は蔵のリブランドを示した“江戸返り”を、日本酒業界に関わる酒販店やマスコミ関係者などに発表した。
それは、(蔵元がテロワールと考える)仕込水と同じ地下水脈で育った地元産の米を原料に使用するところは以前と同じだが、全量を江戸時代に確立された生酛で醸し、酵母無添加の製法も取り入れた、いわば、江戸時代の自然の摂理に寄り添う古典的な造り方に回帰させる方針。

と言ってもただ製法を回帰させるだけではなく、「仙禽」が今まで確立してきた酸を生かした酒質と調和させ、「古くて新しい」 洗練された日本酒を未来に向けて確立していく、という宣言である。

近年は過剰な酸味が控えめになり、合う料理の幅が広がった。
例えば出汁が効いた甘辛い卵焼きにもピッタリ
「唐突かもしれないけど、これはけっこう前からずっと考えていたことなんですよ。20年前に比べ企業として成長していくなかで、今度は自分が継ぐ人ではなく継がせる人として酒蔵がどうあるべきか、先のことを考えると、あらゆるものを江戸時代に回帰させる、というのが一番しっくりきました」
とにかくがむしゃらに酒を造り売ってきた時代を経て、現在は「地元の景色に溶け込む酒蔵にならなくてはならない」と彼が考える中で、まずは地元の農業を江戸時代の状態つまり、量産型ではない農薬や化学肥料不使用の有機農業の町へ変えていきたいという。
また量産しない高品質な米を原料にするとなれば、米を多く精米する高精白を見直したくなるのは自然のなりゆきで、「仙禽」はむやみに精米歩合を高めることはしないと決めた。大元は米に変わりないが、日本酒造りのために精米されて副産物になってしまう米粉や酒粕などを減らすこともできるだろう。
「かつていろんな酒造技術を試してみたいと思っていた頃は、精米歩合7%の米を使う酒造りに挑戦したりもしましたが、現在の仙禽はそこまで米を磨く必要があるのか疑問に思っています。米の93%を副産物にしてしまった当時の自分を見直していますね。いい酒を造るのは造り手として当然のことですが、農家さんのことを思うとなおさら、酒造りのために米を無駄にするようなことはしたくない」
さらに、精米の技術が未熟だった江戸時代に生まれた生酛造りこそ、他にはない「仙禽」を確立するためには必要な製法だ。
「人工的な乳酸を添加するインスタントな(速醸)酛造りに比べ、生酛は恐ろしく手間がかかる非効率な方法ですが、米の特性を生かし、じっくりと蔵に棲む微生物を取り入れるので、酒に蔵の個性がよく出ます。当然、たくさんはできませんが、唯一無二の酒質を造ることができるこの製法も未来へ継承していきたい」

日本酒の世界では、原料の米作りしかり、あらゆる工程の機械化・効率化を追求することが、美味しい日本酒を造るためには必要と、長い時間をかけて進化してきた。しかし、それは個々の蔵にとって本当に必要なことなのか。「仙禽」の取り組みは、そんな疑問を日本酒界に投げかける。
「限界とかラクをしたいという意味じゃないですが、今後は“脱・成長”ですよ。今年、仙禽は創業220年を迎えますが、経営のために量産するよりも次の200年に向けて自分の代は何が“残せるのか”を大事にしていきたいです」
<著者プロフィール>呑む文筆家・唎酒師/山内聖子/1980年生まれ、岩手県盛岡市出身。22歳で飲んだひと口の日本酒がきっかけでライターの道へ。駆け出しの頃は浜松町時代の名酒センターでバイトしたことも。現在は酒にまつわることについて各媒体で執筆中。著書に『蔵を継ぐ』(双葉文庫)、『いつも、日本酒のことばかり。』『夜ふけの酒評 愛と独断の日本酒厳選50』『日本酒呑んで旅ゆけば』(共にイーストプレス)、『酒どころを旅する』(イカロス出版)、『BARレモン・ハート意外に知らない酒の基本知識』(双葉社)など。Instagram



















































