【蔵元訪問記】田村酒造場(東京都)

2022.02.02

 

都心から電車に揺られること1時間。福生駅から歩いて15分程の場所に、排気ダクトから活気ある蒸気がもくもくと上がっていくのが見えてきた。昔の原風景をそのままに土蔵建築が佇む。田村酒造場だ。都会の喧噪から抜け出し、束の間のタイムトリップ。

福生村を切り開いた田村家

酒造蔵、前蔵、雑蔵、旧水車蔵および脇蔵、上水石垣のなんと5つもの建造物が国の登録有形文化財になっている。敷地内には庭園もあり、鯉が優雅に泳ぎ、沢蟹が散歩をしていた。取材日は雨がしとしとと降っていて、庭園の苔が生き生きと鮮やかな緑を纏っていた。樹齢1000年とも言われる大欅も、雨水を浴びて、より大きな存在感で鎮座。

 ここ田村酒造場は、村の政治一般を司る名主を勤め、福生村を切り開いた旧家の一軒である田村家創業。屋敷内に流れる玉川上水の分水は、田村分水と呼ばれ、かつては精米するための水車を回す動力として、また農業用水・生活用水として地域の人々に広く使用されていた。個人所有の敷地内に分水が許可された、たった二つの分水の内の一つでもある。というストーリーからも、名家であることが伺える。

代表銘柄は「嘉泉」と「かねじゅう 田むら」

 代表銘柄「嘉泉」は、敷地内の井戸に酒造りに好適な中硬水の秩父奥多摩伏流水を得た喜びから名付けられた。主張は強くないが、飲み飽きせずずっとそばに寄り添ってくれるような懐が深いお酒だ。

 敷地内の井戸には二度も日本ミツバチに巣を作られてしまったそう。ミツバチも集まってくる喜びの泉なのだ。

 もうひとつの代表銘柄「かねじゅう 田むら」は、田村家にとって胸を張って誇れるお酒であるという自負から、田村家の名を冠した初めての銘柄だ。ボディがしっかりした味わいで余韻が長く、ファンが多いシリーズ。特約店の限定販売。

髙橋雅幸杜氏は南部杜氏の実力派

 これらを醸すリーダーは、高橋雅幸杜氏だ。高校を卒業して以降40年間、酒造り一筋。南部杜氏の鑑評会では何度も優秀賞を受賞するなどの実力派ながら、趣味のアニメの話を嬉しそうに語る気さくな姿からは、愛情深く真摯な姿勢が垣間見える。

 現在は4名で約1000石を醸す。造りの現場はコンパクトながらも、随所随所がモダンでおしゃれで、”映え”スポットになる。現当主、田村半十郎氏の一番の見せ場だという酒造蔵2階の櫂入れ作業場は、木造の柱が綺麗に磨きこまれている。吹き掃除は足場を組んで、天井の梁までと、隅々まで目が行き届く。

 丁度良い塩梅に配置された窓からは光が差し込み、仕込みタンクを照らすスポットライトの明かりの演出も相まって、映画でも一本取れそうな抜群の雰囲気。ここで醸すお酒が美味しくない訳がないだろうと、納得の美しさだった。

創業200年に向けて新企画続々

 コロナ禍の前は都心から近いこともあり、蔵見学に来る外国人の方が多かったそう。美しい日本文化に触れるには、うってつけの場所だ。特に庭園は喜ばれるそうだ。

 しかしコロナ禍で製造数量はかなり減少してしまった。「これからは酒販店様のみならず、「嘉泉」のファンである、一般のお客様にも目を向けていかなくてはならない」と、真っすぐ前を見据えるのは、勤続20年の営業課長牛久さん。コロナ禍が落ち着いたら蔵見学も再開し、蔵内のショップに自動試飲サーバーを導入するという。10名から受け入れ可能としていた蔵見学も、少人数から予約可能とする日を設ける予定だ。

 来年で創業200年。節目の年に向けて、様々な企画を考案している。

 仕込み始めて7日目の醪からは、遠くからでもバナナ香が感じられた。今年は香りがすごく良く出ていると笑う高橋杜氏。こんなに香りがするのは初めてかもしれないと驚く牛久氏。 初代からの家訓「丁寧に造って丁寧に売る」を信条とする田村家の信念をしっかりと受け継ぐ姿勢が、ここに勤める方々から感じられた。その想いはお酒一滴にも受け継がれ、飲む人々を魅了し続けている。

田村酒造場(東京都福生市・嘉泉) (seishu-kasen.com)

【田村酒造場】
〒197-0011 東京都福生市福生626
TEL: 042-551-0003
FAX:  042-553-6021

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