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【仙禽】
2026.08.04更新
【八海山】
日本酒をこよなく愛する呑む文筆家が、地元でしか醸せない唯一無二の「蔵の味」 を求めて全国各地の酒蔵へ旅する連載。 第 9回目は、新潟県の南魚沼市にある「八海山」を造る八海醸造へ伺いました。

「八海山」といえば、日本酒好きならば誰もが知る銘柄。日本を代表する日本酒のトップブランドである。しかし、そんな格式高い知名度があるにも関わらず、「八海山」はどこまでも親しみやすい印象がある。第一に、限られた酒販店だけではなく、スーパーやコンビニなどでも手軽に買えるのがその証拠だ。

幅広い場所で買えるだけではない。(高級酒もあるが)財布に優しく、手に届きやすい価格も魅力的。酒の味わいも穏やかな旨味が特徴で主張が少なく、気さくで間口が広いのも特徴だろう。
つまり、冷酒から燗酒までどんな温度帯にも適し、合わせる料理も選ばない。飲み手がどの入り口から来ても、さりげなく受け止めてくれる懐の深さがあり、「八海山」を飲んでいるとつい胸襟を開きたくなってしまう。長く飲み続けるほど、酒と自分の距離が近づいていくような感覚になり、それはまるで長年の親しい友人と過ごすくつろぎの時間を思わせる。


いくらトップブランドになっても、高級路線やプレミアム化あるいは目立つ売れ線の酒質には走らない、その「八海山」の親しみやすさの秘密はどこにあるのだろう。
世界へ羽ばたく「八海山」の戦略
「八海山」といえば、近年は国内だけではなく、世界市場に向けた飛躍が目立つ。
まず、2021年にアメリカのニューヨークにある「ブルックリン・クラ」と業務資本提携を結んだことを挙げよう。この蔵は、2018年にアメリカ人の元金融アナリストであるブライアン・ボーレン氏と、生化学者だったブライアン・ドゥーアン氏によって設立されたSAKEのブルワリー。日本では手に入らない酒だったが、設立当時から日本酒業界で話題になり、日本の日本酒蔵からも注目を集めるようになる。八海醸造もその蔵の一つだった。4代目蔵元の南雲真仁さんは言う。
「ブルックリン・クラの酒は八海山とは違う香り高いポップな味わいですが、しっかりした造りを感じさせる高いクオリティがまず驚きでした。なので、このブルワーと縁があった際に、共に協力し合えば、さらに世界へSAKEそして八海山を広めていけるのではないかと考えたのです。
実は、もともと弊社でも“SAKE(日本酒)を世界飲料に”をテーマに、酒を輸出するだけではなく、海外で酒蔵を単独で設立したいと動いていたのですが、我々日本人が中心になるよりも、たとえば地酒のように地の利がわかる現地の人が手がけた方がいい酒ができると考え、業務資本提携を結びました。具体的には、設備投資や技術的なサポートを行っています」

また、2025年より、アメリカの著名な野球チーム、ロサンゼルス・ドジャースとパートナーシップ契約を結んだことも、記憶に新しい。同球団の公式日本酒として、チームカラーのブルーをイメージした、限定ブルーボトルの「八海山」特別本醸造を発売。球場では「八海山」を片手に観戦を楽しめるなど、海外においても日本のSAKEとして急速に知名度を高めつつある。
入手困難なプレミアム酒ではなく高品質な日常酒を目指す
世界での躍進が目覚ましい「八海山」だが、前述したように、酒の印象は高級路線や希少価値に重きを置くのではなく、筆者が感じたような“親しみやすさ”を貫いている。実は、いまだに普通酒や本醸造の製造が、全体(約3万石)の6割を超えるなど、いわゆる日常酒が主体の体制。その体制は、先代の南雲二郎氏から受け継ぐ理念だ。4代目が話を続ける。

「1980年代に第一地酒ブームが起こり、淡麗辛口な新潟酒が注目されるようになると、八海山も瞬く間に売れていき、一時は入手困難なプレミア酒として、世間を騒がせたことがあります。しかし、父(二郎氏)は高級路線には走らず、酒を適正価格で売り、求めるお客様に酒をきちんと届けられるように量産体制を整える、安定供給の道を選びました」

そして、二郎氏は高級酒を主体にするのではなく、誰もが手に取りやすい日常使いの定番酒に力を入れる決意をした。しかも、ただ安価な酒を量産するのではない。造るのは、高級酒と同じように手間をかけた高品質のレギュラー酒である。

「弊社の蔵人は、洗米や蒸米など配属された各工程を長年経験することになっているため、それぞれの工程におけるスペシャリストが育つ仕組みになっています。そのスペシャリスト集団が各工程を担当し、値段の高い安いに関係なく手抜かりなく造るのです。

特に強みなのが麹造り。八海山は、普通酒から大吟醸まで、全ての酒の麹を手作業で造るところが、この規模の蔵として他にはない最大の特徴だと思います。もちろん機械化や効率化はできますが、八海山が求める高品質な日常酒を造るためには、この部分は譲れません」

その手作業を大事にした酒造りの成果は、飲めばわかる、のひと言に尽きる。たとえば、「八海山」で最も安価な普通酒がそうだろう。喉越しがスムーズできれいな旨味があり余韻の切れ味がいい。酒の持ちもよく、時間が経っても味崩れがない。そもそも八海醸造の普通酒は、60%精米つまり時間をかけて米を磨いた吟醸酒クラスの酒米を使用するところにも、一般的な普通酒にはない旨さの秘密があるのだが、各工程を丁寧に行わなければこんなに端正な酒質にならないはずだ。
魚沼の風土を体感できる「魚沼の里」
八海醸造は、銘柄の由来にもなっている霊峰・八海山の麓に位置しているが、同じエリアにあるこの蔵が手がける「魚沼の里」も他社にはない特筆すべき壮大な場所だ。


ここは、「八海山」の雪室(酒を寝かせる雪が敷き詰められた貯蔵庫)兼・直売所のほか、ビールの醸造所と販売店、この蔵の酒粕や麹などの副産物を使った菓子屋、カフェ、食堂、蕎麦屋など16軒が点在する広範囲の複合施設だが、はじまりは2004年。3代目の南雲二郎氏が、八海醸造の大吟醸造りの高い技術や設備を、普通酒や本醸造など定番酒にも取り入れるために建設した「第二浩和蔵」がきっかけである。

「当時は周囲に山と川があるくらいで何もなかったこともあり、第二浩和蔵はずいぶん目立ちました。そのため、多くの人が来てくれるようになったのですが、この蔵は見学不可でお断りするしかなく、それを見た父がわざわざ足を運んでくれた人のために飲食店を作ろうと考えたのが最初です」

そして誕生したのが、「そば屋 長森」である。それ以降、少しずつ前述した施設を増やし、2013年に「八海山」の世界観を楽しめる複合施設「魚沼の里」として地元のみならず全国で知られるようになる。昨今こういった複合施設を建設する酒蔵は全国で増えてきているが、まさにその先駆けと言っていいだろう。
今や「八海山」は全国各地に販売網を持ち、どこでも買えるのが魅力だろう。しかしながら、やはり地酒は地元で飲んでこそ。霊峰・八海山を眺めながら地元の空気を思い切り吸い、「魚沼の里」で味わえる地物とともに飲む酒は格別な体験である。最後に南雲真仁社長が言う。

2025年4月1日に代表取締役社長に就任した、若干33歳の若手蔵元だ
「魚沼の里は四季が豊かな場所にあるので、春には春の冬には冬の景色や食べ物、郷土料理などがあり、それはこの地域の生き方にもつながります。八海山はどこまでもその魚沼の生き方に寄り添う酒でありたいです」
取材協力・八海醸造/新潟県南魚沼市長森1051/025-775-3121
<著者プロフィール>呑む文筆家・唎酒師/山内聖子/1980年生まれ、岩手県盛岡市出身。22歳で飲んだひと口の日本酒がきっかけでライターの道へ。駆け出しの頃は浜松町時代の名酒センターでバイトしたことも。現在は酒にまつわることについて各媒体で執筆中。著書に『蔵を継ぐ』(双葉文庫)、『いつも、日本酒のことばかり。』『夜ふけの酒評 愛と独断の日本酒厳選50』『日本酒呑んで旅ゆけば』(共にイーストプレス)、『酒どころを旅する』(イカロス出版)、『BARレモン・ハート意外に知らない酒の基本知識』(双葉社)など。Instagram




















































