人気ドラマ『孤独のグルメ』原作者である久住昌之さんがふらっと立ち寄ったお店、そこで嗜んだ地酒について気ままにつづります。

「門司港の激シブ角打ちで、数年ぶりに飲んだ」

2023.05.31


 北九州の、門司港に行った。
ボクは2度目だ。前に行ったのは7、8年前。その時、北九州の観光課の人に教えてもらった角打ち「魚住酒店」をぜひ再訪したくて、行ってみた。


 門司港駅から少し離れた、古い住宅街の細い坂の途中にあり、教えてもらわなかったら、絶対たどり着くことはない店。


 前回はお昼過ぎに訪ねたら、もう表が開いていてびっくりした。

店主のおばあちゃんが一人でしかも先客も。カウンターに立っている。古い。シブい。最高。あの時はビールを飲んだ。つまみはカウンターに置いてあるカゴから、自分で取って殻をむいて食べるゆで卵。これがボクのゆで卵史上最高においしかった。


 おばあちゃんに、
「このお店は何時からやっているんですか?」
と聞いたら、
「起きたら」
と言われて笑った。奥の上がったところにはテレビやコタツがあり、完全に住居。そこに住んでいて、起きたら店を開ける。

「魚住酒店」

 そして今年5月中旬。
 店にってみたら、お母さんの姿は無く、男性店主が、ぽそりと、
「母は去年、亡くなりました」

と答えた。え。一瞬、声を失う。カウンターの中には、お母さんの写真が貼ってあって、その顔がすごくチャーミング。ああ、こんな人だった。心の中で合掌。


 今回は、男二人だったので、まずビールの大瓶を頼む。客は後ろの冷蔵庫から自分で出す。ゴツイ栓抜きがいい。店主が枝豆を出してくれた。枝豆の皮入れが、新聞の広告チラシなのがいい。ゆで卵はやっていないそうだ。あの味が忘れられないので、少しさびしい。


 日本酒をください、というと、目の前に枡を出し、そこにコップを入れて、賀茂鶴の本醸造を常温で注いでくれた。ところがこのコップが大きい。「大きいですね」というと、
「ええ、200cc入ります」
と店主。昔から酒はこれで出すそうだ。


 こんな角打ちで飲んだら、どんな酒だって旨い。時計を見ると午後3時。息子さんである店主は、「朝起きたら」とは営業していないけど、午前中から店を開けている。


 途中で、おっちゃんが一人入ってきて、
「いいちこ、半分」
と言った。店主がコップに半分の焼酎を注ぐと、自分で後ろの冷蔵庫から氷を出して入れ、水で割って飲んでいる。


 常連さんだな、と思ったら、それだけ飲んで「ごちそうさん」と250円払って、出て行った。滞在時間5分ほど。シブイ!かっこいい!できねえ!


 本当に最高の空間。旅酒の極み。今度は一人で行って、日本酒一杯飲んで帰ろう。

過去記事一覧

「東北新幹線でおにぎりと缶酒」

2024.12.30更新

「西成でたこフェに遭遇、〆にカレーうどん」

2024.11.30更新

「若狭で「なっぱ煮」に感激した夜」

2024.10.31更新

「大船渡で心温まる居酒屋に入れた」

2024.09.30更新

「京都大衆酒場で、ちろりから注ぐ冷や酒」

2024.08.31更新

四ツ谷で、長野に旅気分

2024.07.31更新

蒲田の蕎麦屋で驚く

2024.06.30更新

「東京駅構内で立ち飲み一杯」

2024.05.31更新

「武雄温泉でちょいと贅沢酒」

2024.04.30更新

「飛騨古川で、熱燗と中華」

2024.03.31更新

「修善寺のアジ寿司弁当とカップ酒」

2024.02.29更新

「さくら納豆」に、大いに戸惑う

2024.01.31更新

寿司屋のカニクリームコロッケ

2023.12.29更新

「石川県で、手取川を呑みながら」

2023.11.30更新

「ちょっとだけ遠い蕎麦屋で、祭りの一杯」

2023.10.31更新

「長野でおいしい野菜と旨い酒」

2023.09.30更新

「函館の冷凍イカと五稜」

2023.08.31更新

「野沢菜の天ぷらに救われた」

2023.07.31更新

「奈良でおからで地酒」

2023.06.30更新

「修善寺で蕎麦屋酒」

2023.04.30更新

「名古屋・堀田で見つけた名店」

2023.03.30更新

「浅草で旅の最後に立ち寄る店」

2023.03.03更新

「和歌山・田辺の炉端焼き、感動」

2023.01.30更新

「福井・若狭で、二泊三日の旅酒」

2022.12.31更新

道東の紅葉と天の川で、宿酒

2022.11.30更新

「新幹線の鶴亀と、究極の肴」

2022.11.01更新

「呼子のイカのサルサフリットで燗酒」

2022.09.30更新

「長崎駅で立ち飲みした日本酒」

2022.08.30更新

「有馬温泉で湯上り散歩夕飯酒」

2022.07.31更新

「神戸元町の老舗にて、金盃で乾杯」

2022.06.30更新

「津軽で、純米吟醸の燗酒に驚く」

2022.06.02更新

「阿部野の老舗で雨の昼酒に酔う」

2022.05.01更新

「浜松、鰻肝焼きとタコブツで一杯」

2022.03.31更新

久住昌之のふらっと旅酒 #001 新潟編

2022.02.14更新