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「東北新幹線でおにぎりと缶酒」
2024.12.30更新
人気ドラマ『孤独のグルメ』原作者である久住昌之さんがふらっと立ち寄ったお店、そこで嗜んだ地酒について気ままにつづります。
「門司港の激シブ角打ちで、数年ぶりに飲んだ」
北九州の、門司港に行った。
ボクは2度目だ。前に行ったのは7、8年前。その時、北九州の観光課の人に教えてもらった角打ち「魚住酒店」をぜひ再訪したくて、行ってみた。
門司港駅から少し離れた、古い住宅街の細い坂の途中にあり、教えてもらわなかったら、絶対たどり着くことはない店。
前回はお昼過ぎに訪ねたら、もう表が開いていてびっくりした。
店主のおばあちゃんが一人でしかも先客も。カウンターに立っている。古い。シブい。最高。あの時はビールを飲んだ。つまみはカウンターに置いてあるカゴから、自分で取って殻をむいて食べるゆで卵。これがボクのゆで卵史上最高においしかった。
おばあちゃんに、
「このお店は何時からやっているんですか?」
と聞いたら、
「起きたら」
と言われて笑った。奥の上がったところにはテレビやコタツがあり、完全に住居。そこに住んでいて、起きたら店を開ける。
そして今年5月中旬。
店にってみたら、お母さんの姿は無く、男性店主が、ぽそりと、
「母は去年、亡くなりました」
と答えた。え。一瞬、声を失う。カウンターの中には、お母さんの写真が貼ってあって、その顔がすごくチャーミング。ああ、こんな人だった。心の中で合掌。
今回は、男二人だったので、まずビールの大瓶を頼む。客は後ろの冷蔵庫から自分で出す。ゴツイ栓抜きがいい。店主が枝豆を出してくれた。枝豆の皮入れが、新聞の広告チラシなのがいい。ゆで卵はやっていないそうだ。あの味が忘れられないので、少しさびしい。
日本酒をください、というと、目の前に枡を出し、そこにコップを入れて、賀茂鶴の本醸造を常温で注いでくれた。ところがこのコップが大きい。「大きいですね」というと、
「ええ、200cc入ります」
と店主。昔から酒はこれで出すそうだ。
こんな角打ちで飲んだら、どんな酒だって旨い。時計を見ると午後3時。息子さんである店主は、「朝起きたら」とは営業していないけど、午前中から店を開けている。
途中で、おっちゃんが一人入ってきて、
「いいちこ、半分」
と言った。店主がコップに半分の焼酎を注ぐと、自分で後ろの冷蔵庫から氷を出して入れ、水で割って飲んでいる。
常連さんだな、と思ったら、それだけ飲んで「ごちそうさん」と250円払って、出て行った。滞在時間5分ほど。シブイ!かっこいい!できねえ!
本当に最高の空間。旅酒の極み。今度は一人で行って、日本酒一杯飲んで帰ろう。