誌面ビミーで長年連載している中沢けい氏の「酔々日記」です。文士の筆遣いに、日本酒が気持ちよくあふれでてきます。

【中沢けいの酔々日記】今は昔の一升瓶

2023.01.30

 冬至を過ぎた頃になんだか人恋しくなった。火のようにさみしいというわけではなく、ぼんやりとほろ酔いのさみしさだ。お正月は胃の不調から腸の不調で家で一人過ごした。新型コロナの流行はいまだ収まらず、コロナではなさそうだと見当がついても、不用意なことはできないから、誰にも合わなかった。

 春になったら温泉に行きたいとこれまたほろ酔いのように空想をたくましくし始めたのは、十五日の小正月が過ぎたころだ。その頃になるとぽつぽつと小規模な会食の約束も入り始める。おおいに飲んでおおいに食べましょうということにはならない。やはりなんかいくらか遠慮した感じの宴会になる。

スーパーの棚には飲み切りサイズの日本酒が並んでいる。人恋しさが、温泉に行きたいという空想に変わり、飲み切りサイズの日本酒を一本買って、ひとりで昼の酒を飲んだらたのしいだろうなと、これは実行可能な願望に結晶した。

 そこで思い出したのが一升瓶である。何かお祝いがあると一升瓶を二本届ける習慣があった。一升瓶を枕に寝るというのは大酒飲みの象徴だった。軽々と一升飲み干してしまうなどと言う人はもういないのだろうか?「俺の酒が飲めないのか」と下戸にお酒を無理強いする人もこの頃ではめったにいない。だから一升瓶が姿を消したのは、たいへんけっこうなことであるのかもしないが、ないとなるとなんだか寂しい。ほろ酔いのように寂しい。

 今は昔の一升瓶である。

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