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「鈴鹿でいい店にあたった夜」
2025.01.29更新
人気ドラマ『孤独のグルメ』原作者である久住昌之さんがふらっと立ち寄ったお店、そこで嗜んだ地酒について気ままにつづります。
「浅草で旅の最後に立ち寄る店」
「家に帰って、お母さんにただいまと言うまでが遠足です」と小学校の時先生に言われた。それは大人になっても同じ、自宅に帰って玄関を入るまでが旅だ。
日光や鬼怒川から戻る時、浅草経由になることがある。その乗り換えの時、つい浅草で寄ってしまう店がある。
雷門にも近い「志婦や」だ。ここは本当に町の居酒屋といった感じで、地元の人が普段使いにしていて、とても居心地がいい。
ハマグリ焼きとか、赤貝刺しとか、青柳とか、貝がおいしいことで知られているが、何を食べてもおいしい。
ボクがいったら絶対頼むのが「みそ豆」だ。茹でた大豆に、細く刻んだ白ネギがたっぷりかかっていて、その上に青のり(アオサか)がふってあり、からしが添えてある。これに醤油をちょっとかけて、混ぜて食べる。これが本当にうまい。酒のアテにスバラシイ。刺身や剣先イカの丸焼きの横に置いて、ちびちびずっと食べていたい。
日本酒の取り揃えも充実している。
この前行った時は、神亀の熱燗をいただいた。白い一合徳利がシュッとして美しい。〆張鶴の常温もいい。伯楽星も奥播磨もある。聞いたことない酒もたくさん。
だけど酒のメニューの一番には、菊正宗が店で一番安い酒として、ちょいと分けて書いてあるのが、江戸の粋を感じて、いい。
子供連れが来ても、嫌な顔ひとつしない店員さんたち。カウンターの中と外を目まぐるしく行き来しながら、注文を聞き、料理を作り、どんどん酒肴を出していく。店員同士の言葉少なな連携が見事。家族経営のいいところが、この店には凝縮されている。
おばあちゃんが、焼き場で厚揚げを丁寧に焼いてるところなんざ、それ見てるだけで一合飲める。そうしてると外から帰ってきたお孫さんが、二階へ上がっていったと思ったら、着替えて出てきてカウンターに入ったり。ご主人の笑顔がいい。
座敷のお客さんがみんな楽しそうだ。ボクもこの店に行く時はいつも楽しい。席があればいいな、とドキドキしながら引き戸を開ける。カウンター席一人も最高。
そう言うわけで、ここに引っかかって、気持ちよくなって、家に向かう最後の旅路につくのである。