人気ドラマ『孤独のグルメ』原作者である久住昌之さんがふらっと立ち寄ったお店、そこで嗜んだ地酒について気ままにつづります。

四ツ谷で、長野に旅気分

2024.07.31

 東京で、特定の地方料理を出す店に当たると、ちょっと旅気分になって楽しい。

 この店は信濃町のボクの個展の帰りに、四ツ谷荒木町で偶然出会って入った店。

 荒木町は東京でも有数の飲み屋街だけど、ボクは数件しか入ったことがなく、あまり知らない。いや、考えてみると新宿のゴールデン街も思い出横丁もあまり知らない。

 そういうところを飲み歩いたり、新しい店の「開発」をすることに、若い時からあまり興味がなかった。苦手と言ってもいい。

 この店入った理由は、蕎麦と書いてあったから。その時の気分で、蕎麦屋のようなところで飲みたかったのだ。

 全く知らない店で、しかも細い階段を上る2階。ちょっと勇気が必要だった。

 上がっていたら狭い店だったが、テーブル席に二人連れのお客さんが1組と、カウンターにひとり客がいただけだった。

 静かだし、蕎麦屋で飲みたい気持ちにはぴったりだった(シメの蕎麦は食べても食べなくてもいい気分)。

 ビールを頼んで、カウンターの黒板にあった「岩海苔たたみいわし」と「くるみ味噌冷奴」を頼んだ。

 暑いからビールを頼んだが、すぐ日本酒に移行する気満々だ。というのはカウンターの前にずらり日本酒の名前が書いてあったからだ。しかもそれがほとんど長野の酒。

「信州珍味」として「いなごの佃煮」「ざざ虫」「蜂の子」があった。どれも食べたことはある。頼まなくてもそれがあるのが嬉しい。酒の珍味で一気に長野旅気分になる。

 岩海苔たたみいわし、あってもよさそうなものだが、初めて見た。そして予想通りのおいしさだった。あっという間にビールはなくなる。それで「大信州」の純米をもらう。うまい。

 そしたらくるみ味噌冷奴が来た。青ネギがいっぱいのっている。うまい。これで酒、最高だ。その酒を小さなコップ半分くらい飲んだところでやっと「お通し」が来た。ずいぶんゆっくりしている。全然かまわない。

 それがマグロの刺身三切れにミョウガとネギとカイワレ大根とワサビが添えられ、水なすが一切れ。そして擦った山芋。いやぁ、もうこれだけで3杯は飲める。大金持ち気分。静かだが非常に楽しい酒盛りとなった。

 

久住昌之 オフィシャルウェブサイト (sionss.co.jp)

*バックナンバーは有料記事となります。

過去記事一覧

「京都大衆酒場で、ちろりから注ぐ冷や酒」

2024.08.31更新

蒲田の蕎麦屋で驚く

2024.06.30更新

「東京駅構内で立ち飲み一杯」

2024.05.31更新

「武雄温泉でちょいと贅沢酒」

2024.04.30更新

「飛騨古川で、熱燗と中華」

2024.03.31更新

「修善寺のアジ寿司弁当とカップ酒」

2024.02.29更新

「さくら納豆」に、大いに戸惑う

2024.01.31更新

寿司屋のカニクリームコロッケ

2024.01.29更新

「石川県で、手取川を呑みながら」

2023.11.30更新

「ちょっとだけ遠い蕎麦屋で、祭りの一杯」

2023.10.31更新

「長野でおいしい野菜と旨い酒」

2023.09.30更新

「函館の冷凍イカと五稜」

2023.08.31更新

「野沢菜の天ぷらに救われた」

2023.07.31更新

「奈良でおからで地酒」

2023.06.30更新

「門司港の激シブ角打ちで、数年ぶりに飲んだ」

2023.05.31更新

「修善寺で蕎麦屋酒」

2023.04.30更新

「名古屋・堀田で見つけた名店」

2023.03.30更新

「浅草で旅の最後に立ち寄る店」

2023.03.03更新

「和歌山・田辺の炉端焼き、感動」

2023.01.30更新

「福井・若狭で、二泊三日の旅酒」

2022.12.31更新

道東の紅葉と天の川で、宿酒

2022.11.30更新

「新幹線の鶴亀と、究極の肴」

2022.11.01更新

「呼子のイカのサルサフリットで燗酒」

2022.09.30更新

「長崎駅で立ち飲みした日本酒」

2022.08.30更新

「有馬温泉で湯上り散歩夕飯酒」

2022.07.31更新

「神戸元町の老舗にて、金盃で乾杯」

2022.06.30更新

「津軽で、純米吟醸の燗酒に驚く」

2022.06.02更新

「阿部野の老舗で雨の昼酒に酔う」

2022.05.01更新

「浜松、鰻肝焼きとタコブツで一杯」

2022.03.31更新

久住昌之のふらっと旅酒 #001 新潟編

2022.02.14更新