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【中沢けいの酔々日記】 酒、塩、昆布
2024.09.30更新
誌面ビミーで長年連載している中沢けい氏の「酔々日記」です。文士の筆遣いに、日本酒が気持ちよくあふれでてきます。
【中沢けいの酔々日記】 しし鍋を食べに行く
勤務する法政大学文学部日文科の先生方と両国の「ももんじや」に行こうという話になった。「ももんじや」は両国橋のたもとで、猪の看板が目立つ。猪、鹿、熊などジビエを食べさせる店だ。
さすが日文科だけあって、古典を専門にする先生がたの手が上がった。食肉は牛、豚、鶏が当たり前の現代だが、近世までは猪、鹿、熊などを食べていたのだろうか?肉食は建前としては禁止されていた時代だが、獣肉を食べれば美味しいことは知っていたにちがいない。
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ここ数年、両国へは、九月一日の関東大震災朝鮮人虐殺事件の追悼式に出かけていた。虐殺事件の追悼碑は横網町公園の東京都慰霊堂の裏手にひっそりと建っている。両国駅の東口を出るので、国技館へ行く西口に出たのは何年ぶりだろうか?東口に比べ西口は華やかな雰囲気がある。
その昔、両国から房州の館山へ急行が出ていた。JRが国鉄だった頃だ、急行で館山へ戻る母を送り、さびしい両国駅まで送っていったことがあった。急行が廃止されると、急行の出ていたホームと建物はお化け屋敷のような様相を呈していたが、そこも今では改修されレトロな雰囲気のレストランなどが入り賑わっている。
で、しし鍋だある。すき焼きの割下に味噌を加えた汁で、猪の肉と野菜を煮ながら食べる。熱暑の過ぎ、急に初冬の気配が漂いだした街で食べる味噌し立てのしし鍋が美味かったことは言うまでもない。
お酒はお銚子の燗酒。燗酒の評判がばかによかった。もともと私は燗酒が好きなので「こういうなんでもないお酒の燗酒はなつかしい」「らくに飲めるとこがいい」という会話に気をよくした。
生のまま飲める贅沢で上等な日本酒が当たり前になったので、銘柄など気にしない平凡なお酒が珍しくなったわけだ。ほどよく酔ったところで街をぶらぶら歩けば、もう一軒どこかによって行こうかということのなるお定まりも愉快だった。
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