誌面ビミーで長年連載している中沢けい氏の「酔々日記」です。文士の筆遣いに、日本酒が気持ちよくあふれでてきます。

【中沢けいの酔々日記】

2026.01.28

 皇居内堀を歩く

 帝国ホテル、日生劇場、宝塚劇場、帝国劇場、東京會舘と、いずれも東京を代表するような劇場、ホテル、会館が並んでいる皇居のお堀端であるけれども、田舎から出てきたばかりで、東京都内に不案内であった頃、この並びは寂しくて仕方がないものだった。文学賞の授賞式などがあると、ばたばたと会場へ駆けつけるが、車寄せに車をつける人に気後れを感じてしまう。

 国会議事堂のある山の上から堀に囲まれた皇居へと坂を下り、皇居前広場からお濠端に並ぶ取り澄ましたビルに、なんとはなしに馴染みを覚えるようになったのは、およそ一〇年ほど前、原発再稼働反対の集会や安保法制改正反対の集会などが連日開かれていた頃に国会議事堂前や首相官邸前に通って、地理関係を飲み込んだおかげだ。

ここ数年、皇居のお堀端の再開発が進んでいる。帝国劇場は建て直しになるのか、現在は閉鎖中だ。東京會舘は新装のビルになり、姪っ子が結婚式を挙げた。外見上は劇的に変化しているわけではないが、地下には馴染みやすい飲食店なども並び、以前の人を寄せ付けない雰囲気はやわらいだものになっている。

一九四五年にアメリカ極東空軍司令部に接収された明治生命館も、最近、その内部を公開していると聞いたので、法政大学の院生諸君と出かけてみた。お正月だから、地下の土佐料理屋で新年会のランチを楽しんだ。丸ビルや煉瓦作りの三菱一号館とならび、明治生命館も土佐出身の岩崎弥太郎が作ったオフィス街だ。

そんなことを話題にしながら、お昼を楽しむうちに「これだけのお料理を前にして」飲まないのはつまらないとなった。春菊豆腐になまこの和え物の前菜から始まったお料理で、お刺身は鰹のたたき、焼き物はかつおのはら皮、煮物は黒鯛のあら炊きだから、そりゃ、飲みたくなる。

 一五日の小正月を過ぎていたけれども、ふんわりと昼酒に酔うと、皇居前広場にはねる冬の光がかぎりもなく平和で美しく見えた。空は関東の雲一つない冬晴れであった。

中沢けいプロフィール
1959年生横浜市生まれ。千葉県立安房高等学校卒業。明治大学政治経済学部卒。小説家法政大学文学部日本文学科教授1978年小説「海を感じる時」で第21回群像新人賞受賞。/ 1985年小説「水平線上にて」で第7回野間文芸新人賞を受賞。
公式サイト↓
http://www.k-nakazawa.com/profilelist.html

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