誌面ビミーで長年連載している中沢けい氏の「酔々日記」です。文士の筆遣いに、日本酒が気持ちよくあふれでてきます。

【中沢けいの酔々日記】 枝豆から大豆それから

2024.08.05

中学校の家庭科の教科書に「老人食」という項目があった。白あえの調理法が載っていたのを記憶している。その頃、老人食と言えば、自分が食べるものではなく、誰かのために作るものだった。私の家には老人食を必要とする人はいなかったので、実際に作るということはなかった。でも、記憶しているのは白あえなどを美味しいと感じるのかしら?と首をひねったからだ。

 最近、味覚が変わってきた。勤務している大学では、定年退職の年齢になった。辛いものが食べられなくなった。年金給付の手続き書類が届いた。なるほど、なるほど、老人食の対象年齢になったわけだ。お豆腐が以前より美味しくなった。中学校の家庭科の教科書で老人食の調理法を習ったのはもう五十年も前だものと、いささか、呆れた心地でいる。

 時々、ビールを飲みたくなる。一口か二口飲むとたいへん満足する。安上がりと言うより、グラスに残ったビールがもったいない。お酒も同じで、お猪口に一杯も飲めば大満足する。良いがほんわりとひろがるのを愉しんでいる。残ったお酒をどうするかと言えば、こちらは調理用に回している。

 私が住んでいる家は武蔵野台地にあるから、周囲に田んぼはあまりない。以前は畑が広がっていたが、ここ数年で、急速にマンションに変わってしまった。それでも枝豆の出荷をする畑が幾分かは残っている。とれたての枝前を農協の直販所で買えるのがうれしい。

やっぱり枝豆ならビール。残ったビールはフリッターを作るのに使う。ビールで小麦粉をとき、白身魚をあげるころもにする。枝豆が大豆になる頃にはもう冬の気配がする。湯豆腐がうまい。きな粉でお餅を食べるのもいい。味噌になる大豆にあれば、醤油になる大豆もある。

大豆は米と並ぶ重要な農作物だと大学の民俗学の教室で習った。こういうことだったかと、白あえを作りながら妙な納得を味わっている。老人食はうまいと、漸く理解した。

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