誌面ビミーで長年連載している中沢けい氏の「酔々日記」です。文士の筆遣いに、日本酒が気持ちよくあふれでてきます。

【中沢けいの酔々日記】髭談義

2025.04.10

勤務校の教授会が終わると、同じ学科の先生たちと飲みに行こうかということになる。教授会のある日は、まず各種委員会があり、それから学科会議が開かれ、最後に教授会と会議が続く日程になっている。発言をしなければならない会議は緊張する。特段、発言の必要のない会議は退屈極まりない日もある。というわけで、教授会が終わったあとのお酒は、開放感も大きい。


 とりわけコロナ禍で、会議がリモート開催になったことが続いたので、顔を合わせてお互いに開放感を味わっている喜びも最近は加わっている。どこへ行こうかと相談している時などは、先生方がそろって放課後の相談をしている小学生みたいな笑顔を見せることも珍しくない。

行った先には、お酒の銘柄がそろっていて、さて、何を飲もうかと、これまた相談になる。酒造メーカーの名前が出ている飲み屋の看板はすっかり見かけなくなった。で、どういうわけか、話題は髭についてになった。


 オーストリア人のネルソン先生はきれいなあごひげを蓄えられている。いつの頃からか、まっしろな髭になった。手入れがたいへんではないかとお尋ねすると、電動のひげそりで刈りそろえるので手間はかかりませんとのご返事だった。

明治時代の人は明治天皇をはじめとして、髭を蓄えているという話から、明治天皇以前に髭の天皇はいたかしらと話題を広げたら、いきなり神武天皇はお髭があったと古代へ飛んだ。

日文科の教員がそろっているから、こうなると話はいくらでも広がる。源氏物語の髭黒大将は良い容貌とは描かれていないとか、仏像の如来には髭がある菩薩には髭がないとか、話はいくらでも広がる。


 北影一が描く朝鮮戦争の小説に「戦争が終わってもずっと朝鮮にいて教養ある人々と暮らした」と考えている米兵が出てくることを思い出した。たわいもない髭談義が教養だとは言わないが、人のうわさ以外の話を楽しめるのは貴重かもしれない。


中沢けい
1959年生横浜市生まれ。千葉県立安房高等学校卒業。
明治大学政治経済学部卒。
1978年小説「海を感じる時」で第21回群像新人賞受賞。
1985年小説「水平線上にて」で第7回野間文芸新人賞を受賞。
公式サイト↓
http://www.k-nakazawa.com/profilelist.html

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