-
-
【中沢けいの酔々日記】髭談義
2025.04.10更新

誌面ビミーで長年連載している中沢けい氏の「酔々日記」です。文士の筆遣いに、日本酒が気持ちよくあふれでてきます。
【中沢けいの酔々日記】 海鼠の醤油煮
俵物三品というのだそうだ。近世、日本から中国へ輸出されていた海産物の主力は、フカヒレ、アワビ、ナマコの三品で、いずれも乾物として俵に詰めて出荷されていた。
海のものでも、山のものでも、畑のものでは、乾物類が豊富な中国の市場には目を見張るものがある。フカヒレのスープはレトルトの買い置きを家に置いている。ご飯を入れれば、おじやにもなる。干しアワビは高価で、手が出ない。お寿司屋さんなどで、ごくたまの贅沢をしてアワビの握りを食べたりする。で、ナマコである。
新型コロナが流行する直前に干したナマコを、顔見知りの乾物屋さんに見せてもらった、春節で日本へ来る中国人観光客をあてにして仕入れたものだと教えてもらった。親指ほどの大きさの干しナマコ二個で三万円のお値段がついていた。
立派な桐箱入りであった。この仕入れは乾物屋さんにとって冒険だったようだ。それが新型コロナの流行で、あてにしていた中国からの観光客は来なかった。あの干しナマコはどうなったのだろうと時々、思い出す。日本の海産物を中国が禁輸にしたのは、新型コロナも下火になった頃合いだった。そんなこんなで干しナマコを食べてみたいと、中華料理店のメニューを探した。
これはなかなか見つからなかったのだが「あった、あった」と見つけた。よく行く中華料理店のメニューにナマコの醤油煮が載っているのを見落としていたのだ。もちろん、食べてみました。知人が「特別美味しいというものでもありません」と言っていたが、なんだかたよりない味だった。ナマコを包んだとろみのあるスープが美味かった。経験したことのない出汁の味だった。
で、翌日の朝、昨晩のナマコは美味しかったなあと感嘆している自分を見つけ、驚いた。一晩、眠ったら、なんだかとてもなく美味いものを食べたような気がしてきた。これはどうしたことだろう。ナマコはどうもゆっくりうまくなってくるものらしい。次は干しアワビを食べてみようかと狙っている。
中沢けいプロフィール |
1959年生横浜市生まれ。千葉県立安房高等学校卒業。明治大学政治経済学部卒。 1978年小説「海を感じる時」で第21回群像新人賞受賞。/ 1985年小説「水平線上にて」で第7回野間文芸新人賞を受賞。 公式サイト↓ http://www.k-nakazawa.com/profilelist.html |
*バックナンバーは有料記事となります。