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【中沢けいの酔々日記】 海鼠の醤油煮
2025.05.29更新

誌面ビミーで長年連載している中沢けい氏の「酔々日記」です。文士の筆遣いに、日本酒が気持ちよくあふれでてきます。
【中沢けいの酔々日記】白味噌、赤味噌、夏は八丁味噌
昭和の末、食料品を扱うスーパーには味噌売場があった。プラスチックの桶に入った味噌が並び、円錐形の透明な蓋をかぶせられていた。普及品の袋入り味噌に比べ、量り売りの味噌は高級品だったようで、うちでは量り売りの味噌を買うことはなかった。ついでに思い出したのだが、袋入りの味噌はテレビCMを流していた。小僧さんがすり鉢で味噌を摺るマルコメ味噌や「おかあさ~ん」と女の子が叫ぶコマーショルを覚えている。今では味噌のコマーシャルなど考えられないだろう。テレビから味噌のコマーシャルが消えたのハいつ頃なのだろう。
話を量り売りの味噌に戻すと、私が自分で買物をして歩くようになった時分には。プラスチックの桶が並ぶ味噌売場を見かけることはなくなっていた。袋詰めの味噌もしくはパックに入った味噌が売場に並んでいた。それでも量り売りの味噌を買ってみたいという好奇心だけはなぜか残った。最初はいつものお味噌ではなく、白味噌を買ってみた。甘い味噌なんて反則だと感じていたけれども、慣れてみると白味噌の甘さも悪くない。寒い季節に出回る白味噌を買うようになった。夏になると赤味噌を買う。夏、冬で、味噌を使い分けることを覚えたあと、麦味噌を買うようになった。麦味噌も九州のものは甘い。
名古屋に行くと八丁味噌を買う。硬い味噌で、味噌汁に使うには、すり鉢で摺らなければならない。麹の多い味噌もすり鉢で摺る。小僧さんがコマーシャルでやっていたのはこれだったかと子どもの頃見たテレビの画面を思い出したりしている。麹の多い味噌は味噌カスが出る。仲間はずれを「味噌カスにする」と言うのはこれの事を指すのかしらと、味噌こしの中に残ってカスを眺めている。味噌を使い分けるのは贅沢なんだと、ひとりで満足する。最近、八丁味噌は酸味が特徴なので、夏向きだと教えてもらった。八丁味噌を買ってくると味噌カツを作っていたが、これからは味噌汁も具材を変えて作ってみることにした。
中沢けいプロフィール |
1959年生横浜市生まれ。千葉県立安房高等学校卒業。明治大学政治経済学部卒。 1978年小説「海を感じる時」で第21回群像新人賞受賞。/ 1985年小説「水平線上にて」で第7回野間文芸新人賞を受賞。 公式サイト↓ http://www.k-nakazawa.com/profilelist.html |
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