誌面ビミーで長年連載している中沢けい氏の「酔々日記」です。文士の筆遣いに、日本酒が気持ちよくあふれでてきます。

【中沢けいの酔々日記】サクラサク

2026.03.30

 戦後五〇年と言われた頃、東京に限らず、全国いたるところで、桜の樹の老木化が問題となった。戦争が終わり、全国津々浦々の公園や並木としてソメイヨシノが植えられた。年々歳々と育った桜は、春が来るたびに花を枝いっぱいにつけ、小学校へ入る子どもを祝福し、新入社員の心を勇気づけ、平和が続くことを喜ぶおじさんたちが飲む口実をなってきた。東京の桜として代表的な品種であるソメイヨシノは華麗に花をつけるの、それだけ樹木としての寿命は短い。百年、二百年と花を咲かせる山桜などには比べようもない。

 戦後五〇年は、各地でソメイヨシノが植え替えの時期を迎える時期でもあった。ソメイヨシノばかりでよいのかという指摘もされていた。桜にも、多様な品種がある。植え付けの品種を変えれば、公園や並木の樹が同時に寿命を迎えることもない。もっともな指摘だった。それから三〇年。戦後八〇年を迎えてみれば、東京周辺の桜の種類はたいそう豊富になり、三〇年の歳月を重ね、大きく成長した樹がそれぞれに咲き誇っている。

河津桜、熱海桜と親しまれてきた寒緋桜系の濃い緋色の桜が咲き始まめるのは一月も末の頃。そこから初まり、小さな花をぴっしりと付ける豆桜が咲く。豆桜はかさかさした乾いた花弁を持っている。外濠の土手には山桜の老木も多い。以前は、桜が咲き始めたと言えば、外濠公園はお花見の場所取りをする人で賑わったが、コロナ流行以降はお花見の景色も様変わりで、会社ぐるみのお花見は少なくなった。

知り合いどうしで誘い合い、あちらの桜、こちらの桜と探索して歩く人の姿をよく見かける。しだれ桜が増えたのも、この三〇年の変化のひとつだろう。美術館は春の来訪者のために桜の絵をテーマにした展覧会をやっている。展覧会なら、天候や開花状況に左右されずに春の心を楽しむことができる。お花見のスタイルもだいぶ様変わりだ。それだけ花見酒の味も変わったことだろう。

中沢けいプロフィール
1959年生横浜市生まれ。千葉県立安房高等学校卒業。明治大学政治経済学部卒。小説家法政大学文学部日本文学科教授1978年小説「海を感じる時」で第21回群像新人賞受賞。/ 1985年小説「水平線上にて」で第7回野間文芸新人賞を受賞。
公式サイト↓
http://www.k-nakazawa.com/profilelist.html

*バックナンバーは有料記事となります。

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