人気ドラマ『孤独のグルメ』原作者である久住昌之さんがふらっと立ち寄ったお店、そこで嗜んだ地酒について気ままにつづります。

「若狭で「なっぱ煮」に感激した夜」

2024.10.31

 取材仕事で福井県敦賀に行った。この3年でもう5回目ぐらいだ。

 その日の仕事が終わって、あとは翌日というので、食事の誘いを断ってひとり飲みに出かけた。ボクは店を探して歩くと、1時間も2時間も歩いてしまうことがあるので、他人を付き合わせるのは申し訳ない。

 この日も、なんかよさそうな店(これはいつものことながら自分にとっていい店で、他人の評価はどうでもいい)を探して、敦賀の街を彷徨い、結局1時間ぐらい歩いた。

 4軒ぐらい「もう、ここに決めていいか」と思ったが、いやここまで来たら、と粘った。

 そして全然思いがけないタイプの居酒屋があって、店内を覗いたら客が一人もいなくて、店主が座卓を拭いていたので入ることにした。

 駅前の隣のホテルに泊まっていたが、そこからずいぶん離れたおけいさん(氣比神宮のこと)の先までジグザグと路地を縫って歩いた先の大通り沿いに見つけた「お食事処 ばんない」だ。角地にあり、その角部分に縄暖簾のかかった入口がある。

 カウンターに着いたら、料理を作っている店主も従業員も女性で、メニューのすごく多い店だった。ビールをもらって、壁に貼り巡らされているメニューを熟読。焼き物、揚げ物、煮物、それぞれ肉も魚も野菜もある。まぐろユッケもあれば、スペアリブもある。カキフライもあれば、宮崎地鶏たたきもあり、あさりバターもある。モッツェレラチーズ入り焼きトマト、豚バラと豆腐の旨煮、なんて魅力的な変化球もある。これを全部一人で作るのだろうか。

 ボクはまず目についた「なっぱ煮」を頼んだ。シンプルかつ新鮮かつ懐かしいネーミング。ありそうでない一品。

 出てきたものは、小松菜と油揚げを煮たものだった。量も小鉢にしっかりある。これがじんわりと、しかしべらぼうにおいしいではないか。

 福井の油揚げがうまいのは通ってわかった。何しろ消費量全国一位だ。さらに、小松菜がおいしいのも、地元のスーパーで買って鍋をやって知っている。葉がしっかりしていてシャキシャキしていて味が濃い。それにしてもこの出汁がどうしたもんだか、ものすごくおいしい。スプーンで汁だけすくって啜る。この旨味はどこからくるのか。いやあヤラレた。今日の長い彷徨の足の疲れもとろける。ビールに合う。だが酒にも合うだろう。

 酒に変えた。地酒「一本義」のみ、飲み方は、燗か常温。潔いではないか。常温を一合、それと旬のアオリイカの刺身をもらう。この組み合わせがまた、完璧だった。

 アオリイカは、新鮮で程良い噛みごたえと甘みがあり、ボクは生姜醤油で食べたがコタエラレない。切り方の細さがジャスト。これを2、3本食べて、常温の酒で追っかける口の中の幸せときたら・・・。

 この晩はたまたま空いていたが、普段は混んでいそうな店だ。食べ物からしてグループにいいだろう。若い人にも喜ばれそうだ。鍋もあるし、焼きそばもごはんもある。自家製コロッケもいいぞ。

 ボクは若狭にバンドで演奏にきたら、打ち上げは絶対ここにしたいと思った。

*バックナンバーは有料記事となります。

久住昌之 オフィシャルウェブサイト (sionss.co.jp)

過去記事一覧

「西成でたこフェに遭遇、〆にカレーうどん」

2024.11.30更新

「大船渡で心温まる居酒屋に入れた」

2024.09.30更新

「京都大衆酒場で、ちろりから注ぐ冷や酒」

2024.08.31更新

四ツ谷で、長野に旅気分

2024.07.31更新

蒲田の蕎麦屋で驚く

2024.06.30更新

「東京駅構内で立ち飲み一杯」

2024.05.31更新

「武雄温泉でちょいと贅沢酒」

2024.04.30更新

「飛騨古川で、熱燗と中華」

2024.03.31更新

「修善寺のアジ寿司弁当とカップ酒」

2024.02.29更新

「さくら納豆」に、大いに戸惑う

2024.01.31更新

寿司屋のカニクリームコロッケ

2024.01.29更新

「石川県で、手取川を呑みながら」

2023.11.30更新

「ちょっとだけ遠い蕎麦屋で、祭りの一杯」

2023.10.31更新

「長野でおいしい野菜と旨い酒」

2023.09.30更新

「函館の冷凍イカと五稜」

2023.08.31更新

「野沢菜の天ぷらに救われた」

2023.07.31更新

「奈良でおからで地酒」

2023.06.30更新

「門司港の激シブ角打ちで、数年ぶりに飲んだ」

2023.05.31更新

「修善寺で蕎麦屋酒」

2023.04.30更新

「名古屋・堀田で見つけた名店」

2023.03.30更新

「浅草で旅の最後に立ち寄る店」

2023.03.03更新

「和歌山・田辺の炉端焼き、感動」

2023.01.30更新

「福井・若狭で、二泊三日の旅酒」

2022.12.31更新

道東の紅葉と天の川で、宿酒

2022.11.30更新

「新幹線の鶴亀と、究極の肴」

2022.11.01更新

「呼子のイカのサルサフリットで燗酒」

2022.09.30更新

「長崎駅で立ち飲みした日本酒」

2022.08.30更新

「有馬温泉で湯上り散歩夕飯酒」

2022.07.31更新

「神戸元町の老舗にて、金盃で乾杯」

2022.06.30更新

「津軽で、純米吟醸の燗酒に驚く」

2022.06.02更新

「阿部野の老舗で雨の昼酒に酔う」

2022.05.01更新

「浜松、鰻肝焼きとタコブツで一杯」

2022.03.31更新

久住昌之のふらっと旅酒 #001 新潟編

2022.02.14更新