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「西成でたこフェに遭遇、〆にカレーうどん」
2024.11.30更新
人気ドラマ『孤独のグルメ』原作者である久住昌之さんがふらっと立ち寄ったお店、そこで嗜んだ地酒について気ままにつづります。
「若狭で「なっぱ煮」に感激した夜」
取材仕事で福井県敦賀に行った。この3年でもう5回目ぐらいだ。
その日の仕事が終わって、あとは翌日というので、食事の誘いを断ってひとり飲みに出かけた。ボクは店を探して歩くと、1時間も2時間も歩いてしまうことがあるので、他人を付き合わせるのは申し訳ない。
この日も、なんかよさそうな店(これはいつものことながら自分にとっていい店で、他人の評価はどうでもいい)を探して、敦賀の街を彷徨い、結局1時間ぐらい歩いた。
4軒ぐらい「もう、ここに決めていいか」と思ったが、いやここまで来たら、と粘った。
そして全然思いがけないタイプの居酒屋があって、店内を覗いたら客が一人もいなくて、店主が座卓を拭いていたので入ることにした。
駅前の隣のホテルに泊まっていたが、そこからずいぶん離れたおけいさん(氣比神宮のこと)の先までジグザグと路地を縫って歩いた先の大通り沿いに見つけた「お食事処 ばんない」だ。角地にあり、その角部分に縄暖簾のかかった入口がある。
カウンターに着いたら、料理を作っている店主も従業員も女性で、メニューのすごく多い店だった。ビールをもらって、壁に貼り巡らされているメニューを熟読。焼き物、揚げ物、煮物、それぞれ肉も魚も野菜もある。まぐろユッケもあれば、スペアリブもある。カキフライもあれば、宮崎地鶏たたきもあり、あさりバターもある。モッツェレラチーズ入り焼きトマト、豚バラと豆腐の旨煮、なんて魅力的な変化球もある。これを全部一人で作るのだろうか。
ボクはまず目についた「なっぱ煮」を頼んだ。シンプルかつ新鮮かつ懐かしいネーミング。ありそうでない一品。
出てきたものは、小松菜と油揚げを煮たものだった。量も小鉢にしっかりある。これがじんわりと、しかしべらぼうにおいしいではないか。
福井の油揚げがうまいのは通ってわかった。何しろ消費量全国一位だ。さらに、小松菜がおいしいのも、地元のスーパーで買って鍋をやって知っている。葉がしっかりしていてシャキシャキしていて味が濃い。それにしてもこの出汁がどうしたもんだか、ものすごくおいしい。スプーンで汁だけすくって啜る。この旨味はどこからくるのか。いやあヤラレた。今日の長い彷徨の足の疲れもとろける。ビールに合う。だが酒にも合うだろう。
酒に変えた。地酒「一本義」のみ、飲み方は、燗か常温。潔いではないか。常温を一合、それと旬のアオリイカの刺身をもらう。この組み合わせがまた、完璧だった。
アオリイカは、新鮮で程良い噛みごたえと甘みがあり、ボクは生姜醤油で食べたがコタエラレない。切り方の細さがジャスト。これを2、3本食べて、常温の酒で追っかける口の中の幸せときたら・・・。
この晩はたまたま空いていたが、普段は混んでいそうな店だ。食べ物からしてグループにいいだろう。若い人にも喜ばれそうだ。鍋もあるし、焼きそばもごはんもある。自家製コロッケもいいぞ。
ボクは若狭にバンドで演奏にきたら、打ち上げは絶対ここにしたいと思った。
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久住昌之 オフィシャルウェブサイト (sionss.co.jp)