人気ドラマ『孤独のグルメ』原作者である久住昌之さんがふらっと立ち寄ったお店、そこで嗜んだ地酒について気ままにつづります。

「夜のカッパと、初の姫路おでん」

2025.11.30

 姫路から播但線で西に向かった福崎町というところに取材と講演に行った。夕刻福崎駅に着くと小雨が降っていてもう真っ暗だった。駅前は静まりかえっていたが、直径1mほどのガラス製の円柱がライトアップされていて、近づくと中は水で満たされており、時おり泡がブクブク上がっている。

 なんだろうと見てると、下から真っ黒い髪のカッパが現れた。福崎のシンボルキャラ・ガジロウだ。話には聞いていたが、かなり不気味コワくていい。最近の駅キャラは全国どこに行っても同じようなアニメカワイイ路線でおじさんは少々ウンザリしていたのだ。こういう強烈な個性を打ち出す駅がもっと欲しい。福崎エライ。

 しかし駅周りには店が全くなく、雨の中5、6分歩いたところにポツンと一軒居酒屋「ふくさき」を発見。入るしかない。

 カウンター6席くらいの両端に常連客がひとりづついて、間に座っていた店主が振り返って「いらっしゃい」と言った。雨で暇なのでお客さんと飲んでいたらしい。

 すごく感じのいい大将で、すすめられるままにおでんを頼んだ。そしたら常連の女性客が「姫路おでんてな、出汁が生姜醤油なんや」と教えてくれた。さっぱりしていておいしい。辛くはない。常連さんたちの関西弁が心地いい。

 新幹線車内では東京から姫路までずっとパソコンに向かっていたので、一杯目のビールは最高に旨かったが、おでんなので燗酒に変える。地酒「名城」。もちろん姫路城のことだろう。

 いかにも灘の酒、という飲み心地のやわらかい酒だった。おいしい。話しかけられるまま、ポツポツと御主人と話すようになった。もともと徳島の生まれだそうで、神戸に移って仕事していたが、阪神大震災を機にこちらに移ってこの店を開いたそう。

 塩鮭を焼いてもらって酒を飲み、常連さんたちの面白おかしい土地の話を聞くことができた。ガイドの話を聞いたり、インタビューするより、こんなふうに自然に聞く話が一番身に入ってくる。姫路城にも行きたくなったし、福崎出身の柳田國男の生家にも興味が湧いてきた。

 大将は今も夏は朝4時半起きで畑に出ているそうだ。肌艶よく声もよく、84歳と聞いてびっくりした。

 福崎の特産品は「もち麦」だそうで、最後にもち麦の入った蕎麦を出してくれた。ちょっとうどんぽいツルツルとした口あたりでおいしい。さらにひょいと表に出て柿をもいできて、剥いて出してくれた。

 またまた予想もしなかった、楽しい酒のひと時だった。これぞ旅の醍醐味。

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