人気ドラマ『孤独のグルメ』原作者である久住昌之さんがふらっと立ち寄ったお店、そこで嗜んだ地酒について気ままにつづります。

「大船渡で心温まる居酒屋に入れた」

2024.09.30

 トークの仕事で、初めて岩手の大船渡に行った。盛岡から車で二時間弱。さすがに遠い場所に来た感じがする。

 あの震災からの復興は長い道のりだが、着実に進んでいる。とはいえ肉眼で見る津波被災地の広さと深さには胸が詰まる思いだ。

 津波をギリギリ免れた地域には、旧街道沿いの古い商店街があるのを車から見た。そんな中にある、ボクが好きそうな酒場を地元の青年に教えてもらった。

 それで夜になったら大船渡から BRT(廃線になった鉄道を走るバス)に乗って、店のある「盛」まで行く。

 駅から程近い通り沿いにその店「泰州」はあった。戸口に店名が染め抜かれた暖簾がかかっているだけ。店内のヒントゼロ。これはなかなか勝負だ。でも微かに揚げ物のいい匂いがして、客の嬌声が聞こえる。金曜日だ。常連で混んでいて入れないかもしれない。まあいい、満席なら他にしよう。

 と思って引き戸を開けたら、テーブル席に4人客が2組いて4人がけのカウンターは空いていた。やったそこだ。

 ビールを頼んだら、お通しは山芋の千切りに青海苔を振り、なめ茸をのせてうずら卵を落としたものだった。いい。この店、いいぞ。と思ったら出してくれた女将が、

「今カツオ、出しますからね」

と笑顔で言って、主人がさばいたカツオの刺身にミョウガを刻んでバサッとのせたのが出てきた。もうこれは日本酒しかない。

 暑かったので、スーッと消えたビールの後に「お酒ください」と主人にいうと、何も言わず冷蔵庫に行って「三陸」という日本酒の一升瓶をカウンターの外から持ってきて、とっくりにトクトクと注いでくれた。地酒だ。うまい。と言うと主人は微笑んで

「なかなかおいしいでしょ」

と小さな声で言った。そう言う言葉と笑顔が酒をうまくするのだ。

 いやあ、もう嬉しくなって、生干しイカ焼きを注文した。飲む気満々である。

 そしたら、少しして「イカ焼きは少し時間がかかるから」と、女将さんが小ぶりな鮭のハラス焼きを出してくれた。まぁ嬉しや。

 それから酒をいろいろ変え(全部ご主人任せ)飲んで、イカ焼きを食べる頃には、ご夫婦とポツポツ会話を交わし始めた。

 いやぁ楽しい夜になった。震災の体験も当事者の口からいろいろ聞くことができた。でもしんみりするわけではなく、逞しさとユーモアにボクが逆に元気をもらった。

 店名は、最初に「大衆食堂」をやりたかったからだそうで、文字を変えて(姓名判断もしてもらって)「泰州」にしたんだそうだ。おもしろいなぁ。大将の前職はトラック運転手だし。

 締めに食べたもやし焼きそばが本当においしくて、それが今夜の素晴らしい夕食となった。ボク好みのいい店を教えてくれた。地元の佐藤くん、ありがとう!

*バックナンバーは有料記事となります。

久住昌之 オフィシャルウェブサイト (sionss.co.jp)

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